Mura×Himu


――――…『夏』、日差しが肌を焼かんとばかりに猛威をふるうこの季節が紫原は苦手だった。けれど彼の所属する部の女監督、荒木雅子は部員に告げていた。「走り込みをしてこい」と。走り込み、という単語が示すのは体育館内ではなくこの炎天下の屋外だった。それだけでも嫌になるのに駄々をこねると回数を増やされそうだったので紫原は仕方なく肩にかけたエナメルバッグを下ろした。昨日のミーティングで今日の練習は走り込みをすることがわかっていた紫原はただでさえ練習に気乗りがしないのにこのうだるような暑さにやられて眉間に皺が刻まれていた。

「仕方ないよアツシ、ほら着替えよう」

涼しい顔でワイシャツのボタンを外し始めるのはI.Hが終わってから陽泉高校に編入してきた帰国子女、氷室だった。アメリカでの生活が長かったせいで日本の気候の変化にまだ慣れない氷室は表面的には暑さを感じていなさそうに振舞うが、その首筋を伝う汗が彼も気候に翻弄される一人間だと思わせた。
氷室のさらさらの黒髪の隙間から見える白いうなじに視線を奪われて、紫原は一瞬息の仕方を忘れかけるも咥内で溶ける飴が舌を切った痛みで思い出す。これだから安い飴はだめだ、と思いながらもこのチープな味に病みつきになってしまうのは紫原が極度の甘党だからか。滑らかな肌をワイシャツが躊躇いがちに滑り落ちる。シャワーでも浴びてくればいいのに、と思うけれどそんな時間は残されていない。どうせ着替えたら走り込みだしまた汗をかく羽目になる。部活終わりにまとめてシャワーを浴びればいい話だからだ。

「室ちんてさ、肌白すぎ」

バスケットはインドアスポーツだからどこにも焼ける要素は無いのだが、氷室は部員の中でもその肌の白さが際立っていた。白いと言うのにも程度があって、もっとも氷室の場合は健康的な白さであるが。だから一つ、心配事が胸の内に湧く。

「走り込みで焼けちゃうね」

透き通るような白い肌が日に晒されて真っ赤になるのは想像ができた。そして同時に痛々しさも。紫原が抱いた心配も、氷室はわかっていたようで鞄から小さな瓶のようなものを取り出した。

「大丈夫、日焼け止め持ってきたから」

微笑む氷室は得意気に日焼け止めを紫原に見せる。なるほど、ジェルタイプ。別に興味もなかったが、氷室が手のひらに乗せたジェルが氷室の肌と同じように白かったのに目を留めた。

「肌が弱いってのも楽じゃないね。特に日本の夏は暑いと聞いていたけどこれはさすがにまいるよ」

ジェルを腕に塗る氷室の動作を目で追っていくと、その所作一つ一つが意味を持ったもののように錯覚させられる。氷室は若干17歳にして持て余すほどの色気の持ち主だ。目元の泣きボクロが筆頭として色気を醸し出している。加えて物腰柔らかな口調にまともに見えてどこか抜けているあざとさを秘めている。結論的に誰からも好かれる好青年。…アメリカでの生活で何があったかは問うまい。氷室に好意を抱くのは女だけでなく男もそうだった。抑えきれない色気に当てられたノンケの男子がソッチに目覚めてしまったのは陽泉高校の中でも割と規模が大きかったらしい。と副主将の福井が漏らしていたのを聞いたことがあった。
首筋を滑る細い指に絡まる白いジェルにいかがわしいものを連想してしまって、紫原は頭をブンブンと横に降る。けれど連想するなと言われる方が無理な話だ。

「ねー室ちん何考えてんの」
「ん?」

きょとん、とした顔で小首を傾げる。氷室はこういうことを素でするからあざとい、と紫原は眉間に刻まれた皺を増やす。
紫原のマイペースは部員を悩ませるものであったが氷室の部活加入後、紫原の面倒は氷室に任されてきた。が、バスケ以外のネジが基本的に緩い紫原の相手になれるのは帰国子女で日本のことをまだよく知らない天然の氷室が最適だった。ある意味ではベストパートナーといえる組み合わせだ。
だからこそ、面倒見のいい氷室のことを他の生徒のような目で見てしまえる状況下に居た紫原は氷室が“すき”だった。

「んー…強いて言えばあまり焼けないで欲しい、って感じかな」





「じゃあ塗ったげる」
「え?」

室ちんの手から日焼け止めを取って指先でジェルを拾う。乱暴に室ちんの頬に塗ったくると、室ちんはジェルの冷たさにびくっと体を揺らして目を瞑った。「目に入るから瞑ってててねー」って言うと素直に頷いてじっと体を静止させる。悩ましげにひそめられた眉が可愛いな、なんて。
肌荒れひとつない女泣かせな滑らかな肌にジェルを馴染ませていく。すっと通った鼻筋に伏せられた瞼に指を這わせていく。ほんのり桜色の唇は引き結ばれていて、一つ間違えればキス待ち顔じゃん、と理性のネジがゆるんでいく。
普段は隠れて見えない左側に日焼け止めを塗ろうと髪に手をかけると、驚いたらしい室ちんが漆黒の瞳を瞬かせてオレを見上げた。初めて両目で見つめられてまた一つネジがゆるんだ気がした。

「驚いたよ。そうだね、左も塗らなきゃね」

少し垂れ目気味の色気のある視線を送られ、再び閉じられる。
オレを動かしてるのは好奇心が大半だって前に福ちんにいわれたけど、確かにそうだと思う。おもむろに手のひらに出した明らかに多いジェルを室ちんの頬に乗っけてみる。乳白色のそれは別のものに見えてきて、ぞくぞくと何かが背中を這いずった。

(やっば……室ちんエロイ…)

顔面にかけたらこんな感じか、とひとり想像すると余計室ちんを見る目が変わってくる。乳白色に汚れた頬に悩ましげに震える睫毛、引き伸ばされた唇。照れたように頬を淡く染めるのはまるで情事中に浮かべる表情だ。反応を始めた下半身にぐぬぬぬ、と唇を噛む。今すぐにでも室ちんの中に入れたい、と欲望がかきたてる。当然我慢なんてできなくて、キス待ち顔の室ちんの唇にかじりついた。ぱちっと見開いた室ちんの真っ黒な目にオレの目が映ってるのが見えた。室ちんにとって不意打ちだったせいで普段は作らない隙間が生まれて、舌を捻じ込んでその先にある熱に触れる。逃がさないと後頭部を片手で抱えてぬめりを帯びたそれを絡め取る。唇から漏れるのはオレがたてる唾液の音と室ちんの声と熱い吐息。

「…ん……ん、ふ……っん…」

ちゅくちゅくとくっつけた唇の間で唾液を絡めると室ちんはオレの腕に手を伸ばしてぎゅうと握った。多分オレの機嫌を損ねないように離して、って言ってるんだろうけど今そうされたら逆効果だから。
日焼け止めをポイと投げて、室ちんの体をロッカーにもたれかける。くっと上を向かせて、再度唇をくっつける。唾液でぬるぬるになった唇は最早隙間なんて作らない。べろりと舐めると室ちんが「んっ」と声を漏らした。薄く開いた瞳を蛍光灯が照らして、潤んでいるのがわかる。目元は赤く染まってて食べてくださいって言ってるもんだ。

「室ちんえろーい…」
「あふ、……ぁっ、…だーめ、アツシ」

我慢できなくてそう呟くと、その隙をとられて唇に人差し指が当てられる。もうキスはだめだって。肩で呼吸する室ちんが頑張って涼しい顔を浮かぶけど、その角度から見上げられればたまったもんじゃない。室ちんの頬に添えていた手で名残惜しげに唇をいじると、室ちんは反射的に瞬いた。

「こら、これから部活だろ。日焼け止め、塗ってくれてたんじゃなかったのか?」
「だって室ちんがえろいんだもん。ちゅーしたくなるでしょ、そんな顔されたら」
「…さっきからそれしか言ってないぞ」

「それに、そんなことはないと思う」抑えきれない色気を振りまいていると言うのにそう言ってのける自信は一体どこからくるものなのだろうか。誰がどう見たって否定なんかできやしないのは目に見えて分かっているのに。危機感が足りないと言うか、抜けてるっていうか、天然だよね。…まーそこがかわいいとこでもあるんだけど。

「もー室ちん食べちゃうから」
「部活終わってからな」

ちゅっと頬に軽く口付ける室ちんの目はさっきとは違って意図的に色気を醸し出しているように見えた。なんだ、スイッチ入ってんじゃん。
優しくオレを押しのけて、オレが投げ捨てた日焼け止めを拾って鞄に仕舞うと、外から福ちんの急かす声が聞こえた。室ちんは「今行きます」と答えて部屋を出ようとオレに促した。

「行かないのか?」
「行けないのまちがいでしょ」
「…ああ、ごめんなアツシ」
「今夜は寝かせねーから。身を持って教えてやるし」
「はは。じゃあ福井先輩には後から来るとだけ伝えておくよ」

「あまり遅れるなよ」と釘を刺され、室ちんが部室から出ていく。去り際に見せた室ちんのしてやったりと清々しい笑顔を恨めしく思う反面、室ちんの思惑にまんまと引っ掛かってしまったオレの息子も憎らしい。なんだか知らないけど、好きなひとに煽られて反応しないわけないよね。反応しなかったらニンゲンじゃないよね。
ちくしょー、この仕返しはたっぷりしてやんないと。今夜は散々喘がせて泣くまで犯す。そう決めて、情けなく反応を示し熱の収まらない愚息に手をかけた。




Sunscreen


( Sunscreen )


室ちんはビッチでも清純でも美味しいです。自分の魅力わかってるくせにコントロールできないフリをするのが得意な魔性だといいいいい。 視点ごちゃまぜでごめんなさい、日があいちゃって気付いたらむっくん視点になってました^q^
20120901 ナヅキ
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