Hika×Ken . . . Type:A


「俺、東京の学校行くんや」
「……そうですか」

笑顔で話す謙也さんの、その言葉を聞いて驚きを隠せなかった。顔には出ない性格で本当に良かった。
1年前、進路をどうするのかと聞いた時、東京に行く。上京すると返ってきた。てっきりこのまま地元の大学に入ってずっと大阪にいると思っていた。だからこそ、心に穴が空くのを感じずにはいられなかった。
「いかないで」そう言えたら、よかった。
「ずっとここに居って」と言えたなら、楽になれたのに。
謙也さんの重荷にはなりたない。あの人が好きなんは、いつも俺の前に行く人やから。こんな未練がましい女の役なんてしたない。

(言えんのは、俺が臆病やからや)

わかっていた。今まで築き上げてきた謙也さんとの“先輩と後輩”の関係を壊したくない。心のうちに抱えるこの想いは、伝えなくてええ。何もかも、壊れてしまうと思うから。
結局上京するという謙也さんを止めることなどできるはずもなく、3年生は卒業した。満開の桜に囲まれて声をあげて泣く謙也さんを、宥めていたのは部長やった。俺はただ、師範らと一緒にその様子を見ていただけやった。不思議と涙は出なかった。


それから俺は3年になり、白石部長の跡を継いで四天宝寺を引っ張る部長になった。相変わらず金太郎はゴンタクレのままやったけど、どうにかコントロールはできている。部長には敵わんけど。……部長には敵わない。それでも部長に謙也さんは渡したない。

(…謙也さん)

謙也さんは部長らと一緒に上京してしまったから気軽に大阪には戻れない。引退した後も会える、来てくれると思っていた俺が阿呆やった。
この半年、謙也さんに会いたい。謙也さんと同じ道を歩みたい。その一心で俺は働いていた。部活では全国大会に行くこともできた。部長ができなかった全国制覇だってやってみせた。
謙也さんが進んだ医学の道は俺には到底行くことはできひんかったけど、同じ大学に行くことはできた。決まった時期は11月。普通のやつらよりも早く受験生としての俺は終わりを迎えた。
決まったとメールを送り、謙也さんから電話が来たのはその日の夜中だった。

『おめでとうな!でもこの時期に決まるってことは推薦かなんかなん?』
『そうですけど』

久しぶりに聞いた謙也さんの声に、心が弾むのを感じる。幸いなことに声に出ないタイプらしい。謙也さんは心底驚いたように続ける。

『それにしても財前て頭良かったん…?』
『………スポーツ推薦て言葉知ってはります?』

若干失礼な言葉に謙也さんらしいな、と思いつつ聞き返す。全国獲ったんですわ、と報告すると、謙也さんはおお、と感心する。

『俺ん時はこの学校、スポーツ推薦なんかなかったで』

だから必死に勉強して合格もろたんやけど、と謙也さんは溜息を吐く。あのときは辛かった、と。
…何が辛いだ。俺より遥かに頭いいくせに。

『あれやな、きっと白石が頑張っとるから推薦枠増えたんやろ』

謙也さんの言葉に、俺の言葉が止まる。疑問が脳内に溢れる。部長、が?

『こっち来て俺らまだテニスやっとるんやけど、そこで優秀な成績叩きだしてん。歴代のスコア上塗りしたんやで?相変わらず怖い奴やわ』
『それで校長がスポーツのよさに気づいたんやろな。去年俺ら全国ベスト4やったやろ?その成果を認めて出身校…四天宝寺にスポーツ推薦枠新たに立てたんやって、…あぁ、小春が言うとったわ』

思い出した思い出した、とすっきりしたようで声のテンションが上がる謙也さん。それでな、と大学の話を始める謙也さんの言葉は全然頭の中に入ってこなかった。
部長の功績のおかげで、俺は謙也さんと同じ学校に行くことができた。誰でもない、謙也さんの好きな、部長の、おかげで。

『……そうやったんですか』
『財前?……どうかしたん?』

謙也さんは無意識に俺を傷つける。本人はわかってない。それなのに人の痛みには敏感だ。俺にとっては悪意にしか感じられへん。それでも俺は謙也さんのことが、

『………謙也さん』
『何や?』
『東京で浮気とかしはったら許さへん』
『…は?』
『女とか作ったら許さへんで』

受話器の向こうで間抜けな声が聞こえる。『どうせ彼女なんてできへんと思うけど』と付け足すと、受話器を壊すかの勢いで『んなわけあるかい!』と音の割れた声が突き抜けた。

『待っててください。俺も卒業したらすぐそっち行きますから』
『お、おん…?ざいぜ』

一方的に喋って電話を切る。多分これ以上続けていたらまた謙也さんの無意識で心を抉られる可能性が高いからだ。大方謙也さんはなんで切られたのかわかっていないだろう。俺をイラつかせた罰や。阿呆。謙也さんの阿呆。
早う、早う卒業させて。謙也さんのところに行きたい。毎日それだけを思って、ようやくその日は訪れた。待ちに待った、卒業式。


式を迎えて制服のボタン目当てに群がる女子をかき分けて一目散に新幹線に乗り込み、東京へ向かう。
そこで謙也さんと待ち合わせをしているのだ。駅前で謙也さんを見つけて駆け寄る。少し伸びた身長に驚かれた。
「まだ東京で借りる家が決まってない」と言うと謙也さんは自分の住む家に案内してくれた。独り身で上京やからきっと一人暮らしだ、と思った自分が阿呆やった。
案内された家は大きくて、標札には「忍足」の文字。

「言うてへんかったっけ?」

「俺今侑士の家に居候してん」
「…………聞いてませんわ」

にこやかにほほ笑む謙也さん。無意識にもほどがある。無性にイラついて思わず拳を握る。
はぁ、と大きなため息を吐いて、謙也さんを見上げる。

「上がらんの?」
「……もうどっちでもええですわ」

…………俺の苦悩は、これからも続くのか。




Insensitive


( Insensitive )



20111008 ナヅキ
戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -