(嘘、やろ)

硬く冷たいレンガの壁に背を預け、声を押し殺して気配を消すことだけに集中する。客観的に自分を見て、恋人のこんな姿を目にしてもなお冷静でいられるのが何より恐ろしかった。
俺と千歳との始まりは中学三年の時からだ。一番一緒にいた期間が短いのに、真反対のタイプの人間なのに、俺達は自分達が知らない間に隣にいるようになった。友達への厚意が想い人への好意だと知ったのは、それから間もなかった。部員達の目を忍んでは密会したり、合宿の時に夜中二人で抜け出したスリルは嬉しさの中で楽しささえ感じた。
指先が触れただけで心臓が鼓動を刻んで、触れるだけのキスで瞳を潤ませた。千歳との時間は何よりもかけがえのないものへと変わっていった。
なのになぜ、その日々が嘘のように思えてしまうのだろう。千歳への想いは変わっていないのに、心が叫んでいる。

(“怖い”)

真夜中のミナミの裏路地。漂う硝煙が目にしみる。嗅覚はすでに血と錆びの匂いに順応してそれ以外の匂いを拒んでいる。それは確かにこの場所で、一人の人間の生を奪ったことを表している。
俺の足元まで流れた来た赤は暗闇の中で異彩を放っていた。靴がそれに触れないよう少しずつ後ずさる。生々しい現場に吐き気が胃を刺激して嘔吐感に襲われる。俺は必死に耐えて、逃げるように足音を殺してその場から立ち去った。帰途についた際、あの後ろ姿が頭から離れず、苦悶の表情を浮かべるしかなかった。特徴的な高身長、癖のある黒髪に、そう、あの鉄下駄。あれを見て千歳でないはずがない。ああ、確か左手には俺の嗅覚をモノにした凶器を握り締めていた。千歳の気に入っていた襟の大きく開いたシャツの裾を染めていたのは間違いなく赤だった。
俺と出会う前の千歳は、九州の方では知らない奴はいないくらいやんちゃしていたらしい。詳しいことは知らないけれど、財前の情報網を駆使していくつかは知っている。一つは、女遊びが激しいこと。一つは、元ヤンだったこと。今の千歳は落ち着いて、そんな過去があったなんて素振りは欠片も見せない。だからだろうか、俺の中で、過去の千歳の像が出来上がっていく。千歳は、また昔のように戻ってしまったのだろうか。

「俺は、…千歳を、」

過去なんて関係ない、そう自分に言い聞かせてここまで一緒に生きてきた。なのに、なのに。千歳の過去を垣間見ただけでこんなにも胸が痛くなるなんて。
ようやく家に着き、自室へと向かう。その間、家族の声も頭に入ってこなかった。部屋の扉を開けて即座にベッドに倒れ込んだ。ポケットから出した携帯を枕に投げ、クッションに顔を埋める。視界に入った、千歳の好きなととろのストラップ。初めてのデートで、お揃いで買ったもの。これがあれば千歳のいない寂しささえ乗り切れたというのに、今では不安だけが募る。
俺が千歳を見間違えるはずない。だからこそ、こわい。嘘だと思いたかった。嘘であってほしかった。
携帯の画面に映るのは、新着一件の着信履歴だった。薄暗闇の中で光る画面には“千歳千里”と浮かび上がっていた。

「……せん、り」

――――…同じ場所に開けたピアスが、千里が好きだと疼いていた。


(拳銃とピアスより一部抜粋)
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