Ken×Hika


眩しい、水面から伝わる柔らかな光とは違う、初めての光を浴びて目を覚ました。体を駆け抜けたあまりの痛みに声も出せなかったあの激痛は嘘のように引いていた。おれがねそべっていたのは柔らかい貝のベッドではなく、サンゴの欠片の砂浜だ。だるさの残る体を無理やり起こして辺りを見回すと、あの晩ケンヤさんを寝かせたあの砂浜に打ち上げられたのだと確認できた。生まれたままの姿のおれはゆっくりと下半身に視線を寄こすと、そこにはおれが渇望した、望み通りのニンゲンの足が対になって生えていた。
しなやかに伸びる白い足は紛れもなくおれの体から生えている。動かしてみれば感覚もある。岩に手を置いてゆっくりと立ち上がると、海の中では無縁だった重力が体に圧し掛かって、踏ん張り切れずに尻餅をついてしまう。しばらく格闘していると、浜辺の向こう側からを踏む足音が聞こえてきて、慌てて岩の陰に隠れた。足音のする方へ視線をやると、海を遠い目で眺める、あの、ケンヤさんの姿が、あって。寂しげな視線は海の彼方に向かっている。
じゃり、と足が砂を鳴らしてしまい、ケンヤさんの視線がおれに向けられた。寂しげなものが驚きに変わり、岩に隠れるおれに驚異の速さで走り寄ってきた。

「自分、いつからいたん?」

その問いに答えようと口を開いた瞬間、喉に違和感を感じた。普段感じない場所の異変。声が出ないことに気付いたのはそれから間もない時だった。

「声出ないんか?………って、なんでハダカ…っ!?」

ケンヤさんは岩の前までくるとおれの肩を見て何も纏っていないことを察知し、頬を赤く染めた。同時に自分の着ていた上着を視線を逸らしながら「着や!」とおれにずいと突きだした。おれはケンヤさんの表情から視線が動かなくて、こないな表情もするんやな、なんて思って胸がきゅん、てなって。いつまでも受け取らないおれにケンヤさんがうろたえてしまって、それで我に返ったおれは上着を体に巻き付けて岩から退いた。
ケンヤさんはおれに何も聞かず、「ここにおってもしょうもないから、ついてきや」と言って俺の手をとった。ケンヤさんの手は、とても温かかった。



ケンヤさんの足が向く方へ着いていくと、大きな建物についた。小春姉さんが言っていた。確か「お城」というところだ。ニンゲンの偉い人が住むところで、奇麗な服を着て豪華な食事をする、ニンゲンの暮らしの中でもかなり上流だと言われているらしい。小春姉さんも、一度は行ってみたいわぁと言っていた。そんな大きなお城に、ケンヤさんは足を進めて行く。もしかして、ケンヤさんは偉い人なんじゃないだろうか?
螺旋階段のある広間に入ると、黒と白の服を着た女の人が何人も奥から出てきた。

「おかえりなさいませ、王子様」
「おん。あ、至急で悪いんやけど部屋用意してもらえへんかな」
「かしこまりました」

女の人はケンヤさんに礼をしてまた奥へと行ってしまった。今、あの女の人はケンヤさんのことを“王子様”と言ったけど、魚達が言っていたことは嘘だったのだろうか?さまざまな疑問が頭をいっぱいにして、眩暈がおれを襲った。ぐら、と視界が揺れて、意識はすうっと消えて行った。



目が覚めるとふわふわなベッドの上にいた。海が見渡せる大きな窓があって、おれが倒れていたあの浜辺もここから一望できる。と、視界にひょこっと入ってきたのはケンヤさんだった。

「目ぇ覚めたんか」

おれの目を見てよかったと安堵するケンヤさん。ゆっくりと体を起こしたら体中に違和感が走った。見てみると、おれもケンヤさん達ニンゲンと同じような、ひらひらした服を着ていた。

「いきなり倒れよるから驚いたで?心配させんなや」

困ったような笑顔でおれの頭を撫でる。大きな手や。体はそんなにがっちりしとらんのに。ケンヤさんといると安心する。だけどそれはニンゲンの中でケンヤさんしかおれが知っている者がいないからだろう。

「で、自分名前なんて言うん?まだ聞いとらんかったやろ?」

名前、と聞いて喋ろうとするも、やはり声が出なかった。あの薬の副作用なんやろか、だとしたらケンヤさんに名前も教えられへん。どないしよう、とわたわたしていると、ケンヤさんは「そのうち聞かせてな」と笑った。
椅子から立ち上がって部屋を出て行こうとするケンヤさんを見て、慌てて服の袖を引っ張った。振り返るケンヤさんはきょとんとしている。“いかないで”首を横に振ると、ケンヤさんは腰を屈めておれの頭に手を置いた。

「夜には帰ってくるから、それまで少し休んでな」

偉い人は忙しいんやろか、扉の前でさっきの女の人達がケンヤさんを待っていた。ケンヤさんがいなくなるのは心細いけど、ケンヤさんの迷惑にはなりたくない。そう思うと手はケンヤさんの服から自然に離れていった。
ベッドに座ったまま、ケンヤさんが部屋から出て行くのを見届ける。バタン、と音がしたので最後。この部屋から音が消えた。
窓に目をやって海を見る。姉さん達がいる海は、こんなにも奇麗に澄んでいた。知らない角度から見る海は、ケンヤさんのいない心細さを少なからず癒してくれた。




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