..しくじった

04..天然色魔と優等生
→→→これの続き


「あ、ちとせ?あんな、今からウチんちきい。え?起きれへん?大丈夫や、来れば目ぇ覚めるさかい」


俺が起きるには早すぎる時間にけたたましく鳴り響く携帯。眠い目を擦って携帯に手を伸ばし通話ボタンを押すと、鈴のように高い声が耳を起動さえしていない頭を貫いた。まくしたてるような勢いにどことなく謙也を思い出すものの、その声に聞き覚えがあったり、余韻が心地いいとか思ってしまった自分に疑問を投げかける。


(……こげな声の女、知り合いにおったか…?)


首を傾げながら着信記録を見ると、画面には“白石”と浮かんでいて。白石は自分の知らぬ間に女の子になってしまったのか、と大きな欠伸と共にだるい体を布団から起こした。




携帯の画面に映った通りに白石の家に向かってみると、少し先に淡いミルクティ色の長い髪をなびかせて歩く四天宝寺の制服を着て軽快に歩く少女が見えた。その後ろ姿に白石の姿を無意識に重ねていたのに気付かないまま、白石と書かれた表札の下にあるインターホンを押した。
出迎えてくれたのは白石のお母さんだった。ぱたぱたとスリッパを鳴らして扉を開け、俺を迎えてくれる。浮かぶ笑顔を見ていると白石は本当に母親似なのだと思う。


「あら、千歳君やないの。蔵ならまだ寝てるんよ。あの子ったら声かけても起きひんから…起こしたってくれる?」


どうやら今日は朝から仕事らしく、急いでいる様子の白石宅。下駄を脱いで上がると階段を下りてきた妹さんと目が合った。


「あ、千歳さん!こんな朝早うどしたん?」
「白石に起こしてち頼まれたけん、起こしに来たと」
「もー、クーちゃんたら千歳さんにまた頼むやなんて…」


完璧に見える白石も、朝には弱い。唯一勝てないものが朝なのだ。合宿の時は無理して早起きしていたけれど、部活中に欠伸が出たりと支障をきたしていた。しかも朝起こしに来いと頼まれたのはこれが初めてではない。でもいつもと違うのは電話の相手だ。まぁ、女の子になってしまったのなら家族に見られちゃまずいと思うだろう。開口一番には「どないしよ」とかいう可愛い相談を受けるのだろうか、と内心期待しながらも階段を上って白石の部屋へと向かう。


「白石、起きてなか?」


扉越しに声をかけると、室内からガタン、と音が聞こえた。さては何かやっていたな、と企み顔で微笑んで扉を開けると、俺を待ち構えていたのは異様な光景だった。
―――…白石の姉妹達は今日一度もこの扉を開けてはいないのだろう。それでよかった。開けないでいてくれてありがとう。


「……んー!、…んんん…」


仰向けの状態で手首と口を拘束された白石がベッドの上に転がされている。寝起きからその状態なのか、髪に残された寝癖が愛らしい。そこには完璧ではない白石が眉を寄せて苦しげに呻いていた。
大きな瞳に俺を映すと、白石はさらにその瞳を大きくさせて俺を見やる。何か喋ろうと口を動かす白石を拘束する包帯を解いてベッドの脇に置くと、白石は数回咽込んだ。


「けほっ…、助かった…」
「どげんしたね?」


電話の件を聞くと、白石は忌々しそうに自分が映る鏡を睨んだ。答えはそこにあるらしいのだが、あいにくそれを理解するには少し難しい。


「あの女が生まれたん、元はと言えば自分のせいねんで!」
「俺?」
「おん!」


ご立腹な白石は唇を尖らして鏡から俺に視線を流す。何か悪いことをしたかと記憶を巻き戻してみるも心あたりはない。


「自分が言うたんやで、俺は女でもむぞかーやら何やら好き勝手言うたんや」
「ん?あ、あん時の話がどげんしたと?」
「次の日に何や知らん女がおるな思たら俺や言うし、間髪入れずに抜かれるし散々やったんやで!」
「お、おう……」
「次は何や?学校に行きたいって何やねん!俺は男や言うたら勝手に拗ねて体ん自由奪われるわ勝手に学校行くわ飯も食いに起きれへんわで……って聞いとるんか千歳!」


白石がつらつらと並べる言葉が現実性に離れていて頭に入っていかないのは仕方がないのだと思う。けれど白石は怒ってマットレスを叩いた。


「要するに、白石が二人…になったちこつでよか?」
「最初からそう言うてるやろ」
「しかも片方は女の子やったちこつ…」
「せや」


そこで思い出す。そう言えば“自分が女の子になったら”話をしていた時、真っ先に頭に浮かんできたのが白石だった。四天宝寺で知らない者はいない、容姿端麗な白石を例にするのは当然といえば当然だった。ちょうどその時その場に白石は居なくて、謙也達と好き勝手に言っていたっけ。あれ、この話が元凶だとすれば、あの時話していた“特徴”が表されていても、おかしくない。


「やったら、たいがべっぴんやけんねぇ…」


淡く記憶に残っている、白石の家に来る時に見た白石と被った少女の正体は女の子の白石だったのではないだろうか。ああ、きっと正面を向いていたら、白石とよく似た奇麗な顔立ちをしているに違いない。それでいて話していた“特徴”がそのまま表れていたら―――…


「…た、たまらんばい」
「何がや。この色魔」


ばこん、と頭を叩かれて現実に戻される。正面には奇麗な顔をした白石が、やはり俺を睨んでいた。


「自分、女の俺のこと考えてたやろ」
「仕方なかばってん、これはすごかこつばい」


すると白石は俺の襟をぐいと掴んで引き寄せた。ぐっと縮まる距離に若干怯みながら、白石の瞳を覗き込むと恐ろしいほどの笑顔。


「……あいつが言っとったんや。あの話が原因で生まれたって。やから、自分が謙也達と話してたこと全部言い」


全部奇麗に話しや、と脅された俺はしぶしぶ口を開く。謙也と光くんと、内緒って約束しとったんに…。


『なぁなぁ、今日クラスの奴らが盛り上がっとったんやが、白石って女になっても可愛えやろな』
『部長が女の子やったら?…まぁ、可愛えんちゃいますか。なんやかんやで恵まれてますし』
『千歳はどう思うん?休み時間はもっぱらその話で持ち切りやったんやで!』
『白石はむぞかけんね、で、どんな話やったと?』


最初に話を持ち出してきたのは謙也だった。白石が部長会議でいない時に猥談から派生した話を吹っかけられて、とのことで。言われなくても白石はかわいらしいし、男子からもそういう視線で見られることも少なくはない。そんな白石を題材にすれば話も相当盛り上がったのだろう。謙也の様子を見れば昼休みの3-2のクラスの雰囲気がひしひしと伝わってくる。思い返せば壁伝いにその熱気が伝わってきていたのかもしれないと思わせるほどに。


「で、なんて答えたん」
「白石は女になっても、変わらんち」


白石は目を丸くさせて、驚いたような顔をする。そして騙されてはいけないとばかりに首を横に振って「それで」と先を促す。


「むぞらしかばってん、しっかりさんで自慢のお嫁さんばい」
「……ま、まぁな、俺やし」


ちょっとからかうとみるみるうちに頬を染める。ああ、そこがむぞかち言うとるんに。照れ笑いを浮かべるも、なかなか複雑そうに見える。そんな白石に追い打ちをかけるとどんな可愛い反応を示してくれるのだろうか、というような軽い気持ちで口走ったのが失敗だったらしい。


「そんで、淫乱で独占欲が強かち」
「…………は?」


わなわなと肩を震わす白石は俺の言葉を聞いた途端、静止した。口にしてしまったのだから取りかえしがつかないことくらいわかる。ああ、これって世に言う死亡フラグ――…


「そ、それ、ホンマに言うたん?謙也の前で?」
「光くんもいたけんね」
「よその性事情ベラベラ喋るやつがどこに居るんやこのドアホ!」
「ばってん、白石が知らんと不味いこつやけん。全部話せ言うたんは白石ばい」
「せやけど…!」


白石は腕をぷるぷると震わせて深い溜息を吐いた。ぺたんとベッドに座って眉間に皺を寄せる白石を見ていると――寝癖もあるせいか――いつもとは違う白石に、自然と腕が伸びていた。


「…千歳、自分朝っぱらから変なこと考てるんやないやろな」
「あ、バレとった?」
「あほ!はよあいつを追いかけな、何が起こるか知れたもんやないんやで!」


「考えただけでもおぞましいで!」と白石は寝巻を脱いで着替えを始める。目の前で。俺は我慢しきれずに着替え途中の白石をベッドに押し倒した。


「え、ち、千歳、やめ、は?何考えとるんあほちゃうか!」
「クーちゃん!先行くでー?お母さんも仕事やからクーちゃん最後鍵閉めてってな!」
「わかったばい友香里ちゃん。白石起こしてから一緒に行くけん」
「千歳さんよろしゅうな!」


階段の下から騒がしい音がしたが、ドアが閉まるとたちまちしんと静まり返った。


「二人っきりやね。よか?」
「自分聞く気ないやろ。学校で俺が悪さしてたらどないすんねん」
「くらは頭よかけん、悪いことはせんよ。ま、してもそん時はそん時ばい」
「……責任とるんやろな」
「くらが望めばいくらでも」


学校に行くのは少し遅くなってもいいだろう。女の子の白石も気になるは気になるが多分彼女も自由になりたいだろうし、少しくらい多めに見てやるのもいい。くらも目がとろんとしてるし、遅刻しない程度には楽しめるだろう。
俺はシーツに体を預けたくらに食らいついて、そっと腰に腕を回した。


20120229 ナヅキ
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