..かたおもい

03..優等生と天才処女

俺は謙也さんが好き。明るくて、元気で、気さくでさっぱりしてる、ちょっとウブな謙也さんが好き。
おれは部長が好き。優しくて、テニスが上手で、笑顔が奇麗な、憧れの白石部長が好き。
体が一つじゃ、気持ちも一つしか叶わんと思っとった。だから、「財前光」が二つにわかれて、おれはむしろよかったんじゃないかと思った。俺は複雑そうな顔をしていたけれど、おれの持つこの気持ちはもともと俺が持っていたものだから俺の気持ちもわからなくはない。それに、おれだって謙也さんが嫌いなわけじゃない。ただ、それに比べて白石部長への好きが勝ってるだけ。今日もコートで試合する部長の姿を見ながら、おれはスコートを引っ張った。
ひょんなことから生まれてしまったおれと、女の子の白石部長と、女の子の千歳先輩はオサムちゃんにマネージャーとして男テニに居座ることになった。おれたちのことは適当に言い訳作ったらしいけど、それで持つのか白石部長は心配な顔をしていた。




「財前、自分女子制服持ってないやろ」


兄が昔使っていた四天宝寺のジャージを着るおれを心配してか、部長は部活終わりに俺の肩を叩いた。


「妹の制服、夏服やけど使っとらんのあるから着れると思うんやけど」


ずっとジャージじゃ可哀想やろ?千歳はさすがに着れんから、せめて財前だけでもと思て。と部長は言う。ああ、俺がおれに渡した部長が好きやって想い、よくよく考えればわかる気がした。こういう、気が利くところとかが好きやったんやな。
俺はおれの気持ちを考えて、素直にありがとうございます、と伝えた。


「なら早い方がええですね。おれも喜ぶやろし」
「せやな」


ふわりと笑う部長は制服のことでおれが喜ぶと思っとるやろな。ほんまは大好きな部長と絡めることが嬉しいんやけど。
金太郎に呼ばれて部長は行ってしまった。俺はおれを捕まえて、二つ持っていた携帯の片方を渡した。「何かあると困るし、おれも俺やから」と言えば、おれは素直に頷いた。まだ部長のことは言わないでおこう。そのほうが面白そうやし。




「財前、今時間ある?」


帰り際に白石部長に呼び止められて俺に視線を向けたけど、俺は謙也さんと一緒に先に行ってる。大好きな部長に誘われて、断ることはできなかったのでつい頷いてしまった。先輩は大好きなその顔を綻ばせて。おれは初めて、部長の隣を歩いた。
部長についていくと、大きな家についた。標札には「白石」の文字。?を浮かべるおれに、部長はちょっと驚いていた。


「あれ、財前言うてなかったん?自分に制服やるって話」


さっき話しとったからてっきり知っとると思うてんけど、と部長は失敗した、と頭を掻いた。まぁここまで来たからあがって、と促されておずおずと足を踏み入れた。部長についていくと、通されたのはベージュ系の柔らかい色合いで統一された生活感の感じられない整理の行き届いている部屋だった。


「適当に荷物置いてな。今持ってくるさかい」


部屋から出ていく部長の背中を視線で追いかけて、扉が閉まるのを見てから部屋を見回した。この部屋は多分、部長の部屋や。部活の時に、部長とすれ違う時に香った、おれの好きな匂いがする。心地のいい部長の匂いを大きく吸い込むと、胸がとくんと鳴った。ベッドには皺一つなく、シーツはピンと張っている。触れようとして手を伸ばしたけど、ほんの少しの勇気が出せなくて指を丸めた。出窓に飾られている写真は部長によく似て奇麗な女の人に囲まれた部長や、部員の皆で撮ったものとが飾られていた。


「財前、持ってきたで」


ガチャ、といきなり扉が開いてびく、と肩を揺らす。部長の腕には四天宝寺の女子制服がかけられていた。振り返ったおれに女子制服を手渡すと、部長は「サイズ大丈夫やと思うねんけど、一応着替えてみて。温かい飲み物いれてくるから」と言って再び扉を閉めた。



妹さんの制服はおれの体に合っていた。少し余裕もある。特に、胸のあたり、とか。等身大の鏡の前に立ち、自分の姿を確認すると、当たり前だがそこに映っていたのは女の子だった。男の時も謙也さんらを抜けなかった身長がさらに磨きを増した感じがする。手も足も小さくなった。力も男の時よりも入らんし、柔らかい肉付きはほんまに女の子や。
と、扉をノックする音が聞こえておれは慌てて「ええです」と答えた。若干裏返ってしまったのはびっくりしたからだ、と思いたい。


「よう似合っとるやん」


机に湯気の立つマグカップが乗ったトレーを置いて、制服を着たおれをまじまじと見つめた。部長の奇麗な瞳がおれを捉えて、胸の奥がむずむずした。どうやら思考とか行動とか、だんだん女のようになっているらしい。俺の時とは違う感覚がおれの頭の中を駆け巡っている。


「…肩の位置合っとらんな」


呟いて、肩や腰に部長の手が添えられる。ただ着方を直しているだけなのに、変に呼吸が乱れてくる。そんなのお構いなしに部長は制服を整えた。そして少し離れて再度おれを見て満足そうに微笑んだ。おれの好きな笑顔が、こんな間近で。嬉しさと恥ずかしさが入り混じって、飲み物を飲んでなんとか気を紛らわそうと机に手を伸ばした。部長は部員の好みを熟知している。中身は俺の好きなミルクティーやった。勢いで飲み下すと、速く刻んでいた鼓動も落ち着いてきてほっと胸を撫で下ろした。


「あ……ありがとうございます」
「おん。それ持ってってええから、明日から着てや」


ひと息ついたところでふと窓に目をやると怪しい雲行きが空に広がっていた。あ、と思った時にはもう遅く、雨が降り出してあっという間に激しい音が部屋にまで響いた。それにはさすがの部長も驚いたらしく、あー…、という声が後ろから聞こえた。


「嘘やろ、雨なんて聞いてません…!」
「天気予報っちゅーのも外れることあんのやな」
「誰や今日雨降らん言うた義純…」
「しゃあない。財前、連絡しとき。今日は帰れへんて」
「…そうですね、そうしま……え?」


部長の言葉に思わず振り返る。あまりにもさらりと言ったので途中まで気づかなかったけど、今、部長、何て言うた?


「泊まっていき。これスコールちゃうと思うねん。やから夜まで止まへんやろ」


運がいいのか悪いのか、と部長は言う。何がですか、と首を傾げれば部長は今日は家族が全員出払っているからおれを泊めても突っ込まれないんだと答えた。


「親は仕事場で詰めとるし、姉ちゃんは彼氏とデートやから帰ってこうへん。妹は友達とテーマパーク行っとるから、…はぁ、救われたわ」


部長は安心したように溜息を吐いた。が、この状況はおれにとってあまりにも唐突だった。





一応。財前が紅茶好きとは公式には書いてありません。そして都合のいい雨は大好物です。
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