Chito×Kura


視界を埋めるのは未知の世界。美しい自然に囲まれた一本の道を頼りに足を進めていく。連れるのはおばあちゃんが作った赤いずきんと、手作りのケーキとワインの入ったバスケット。

性を男として生まれたはずなのに真白の肌に可憐な顔立ち、加えて男にしては華奢な体つきを見てか、まだ子供にしか見てもらえない。もう15歳にもなるのに。
街を駆けまわり、きゃっきゃと騒ぐ子供と同じにしないでもらいたいのに、母は笑って俺の想いを砕く。それに悪意がないのがまた俺の機嫌を損ねるのだ。だから、森に出かけようとする母の腕を掴んで代わりに行くと言い張った。
森は危ないからと、妹にともらった鮮烈な赤いずきんを渡されて。男なんだから森くらい大丈夫だと押し返したけれど、母は心配している様子で受け取ってはもらえなかった。そのまま背を押されて「ほら、いってらっしゃい」と告げられた。こんなに目立つ色のずきんを羽織っていくなんて、と心の中で悪態をつくも、しょうがないか、と妥協して足を進めた。

森で吹く風は街のそれよりも冷たく、悪態をついた自分を責めた。ずきんを深く被り、肌寒さをを耐える。ずきんが役に立つなんて思ってもみなかった。しゃり、と地面を踏み鳴らして一本道を進んでいく。大きな木の陰からちらりと見える黒いしっぽに気を取られ、足を止めてしまう。
陰から現れたのは俺よりもはるかに背の高い、優しげな顔をした狼だった。

「こんなところに何か用があっと?」

森は危険やって、言われとらんかった?と顔を近づけられ、黒い瞳と目が合った。狼は優しそうな半面、俺が一番欲しかった男らしさが窺えた。

「おつかい頼まれてな」
「おつかい?」
「おばあちゃんに、ケーキとワインを持っていくんや」

バスケットを狼に見せると、狼は柔らかく微笑んだ。それから不思議そうに俺のエプロンに視線を落とした。

「そのエプロンの下には何を持ってると?」
「バスケットしか持っとらんで?」
「ならよかと」

狼は納得していない様子だったけど、俺の頭を撫でてくれた。「おつかい頑張って」と言って。
森は危険だって?こんなに優しい狼がいて、神秘的な光が差すこの森がどうみたら危険なのか。小鳥やリスだって俺を歓迎してくれている。まるでどこか別の世界に迷い込んだアリスのようだ。

「奇麗な花が多いけん、摘み取って花束にすればよかね」

狼に促され、小さな池のほとりに咲く色とりどりの花畑に足を進めた。きっとおばあちゃんも喜ぶだろう。その一心で、花を摘み取ってバスケットに添えた。狼の笑みも知らずに。



気がつけばバスケットは花で埋まっていた。もう入らないことに気づいて立ち上がる。周りを見てももう狼の姿はなく、少しだけ寂しい気持ちになる。森で初めて出会った優しい狼にはもう会えないのだろうか。しょんぼりしながら自分の仕事を思い出して慌てて道を探して歩き出すと、幸いにも道の先にはもうおばあちゃんの家が見えてほっと胸を撫で下ろした。
部屋の中は明かりがついているのできっといるんだろう。年甲斐なくわくわくする自分をそんなはずはないと一刀両断してみる。俺だって一端の男だ。久しぶりに会えるからって、そんな子供のような気持ちなんて断じて…むぐぐぐ。
扉をノックして返事を待つと、中から何か懐かしい声が返ってきた。

「よかよ」

……?え、ちょい待ち、この声、おばあちゃんやないやろ。どちらかというとさっき会った狼みたいな……なまりもあったし…?
違和感が頭を支配して、俺は咄嗟に扉を開けた。室内には少しばかりの家具と、おばあちゃんの大好きな揺り椅子と、そして、狼。え、なんでおるの?さっき、どこかに行ったと思ったら。部屋の中におばあちゃんの姿は見えなかったけど、それ以上に俺は狼に会えたことがとても嬉しくて、嬉しくて。

「どうしてここにおるん?ここ、俺のおばあちゃんの家やのに」
「赤ずきんの友達ち言っとうと、上がってええけんち」
「じゃあおばあちゃんどこいったん?」
「買い物やけん。ちいと遠くばってん、蔵のこつよろしくち」
「あ、」

狼の突然の呼び捨てに、胸がとくんと打つ。狼の話によるとおばあちゃんは夕飯の支度をしていた最中で、材料が切れていたことに気づいて町に向かったと言う。ここから街だとちょっとした距離がある。

「ん?ああ、おばあちゃんが蔵、呼んどったばってん。嫌?」
「や、ええよ、おん」

狼の言葉に即答してしまう。でも、何故か、狼にそう呼ばれると変な感じがするのだ。それは違和感とかではなくて、もっと、何か、違う感覚。挙動不審な俺の様子を見て狼は笑った。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -