Liar . . .


大都市は嫌いだ。空気は汚いし、吸えたものじゃない。新しい発見は地元から離れたところによくあるものだ。
大都市への個人的な偏見はさておき、世の中は知らないものばかり。だから俺は放浪をやめられないのだ。
現に今俺は大阪――関西のいわゆる“大都市”に来ている。妹のミユキが「たまには活気のあるところに行ってみるとよか」と言うから。最近過疎地域ばかり巡っていたせいで人恋しくなっているのかもしれない。普段なら敬遠しているところだが、ミユキの発言に素直に頷いた。

実際来てみると大阪は華々しく、テレビで見かけるイメージそのものだった。商店街は人が入り乱れて盛んな様子で、すれ違う人々は笑顔の絶えない人情深そうな人ばかりだ。空気の場所におれば澄んで気持ちの良いところもある。案外大都市もいいな、なんて思いながらカランコロンと鉄下駄を鳴らして商店街を抜けた。



大阪の街並みに気を取られて空模様をうかがうのを忘れていた。ポツリ、と頬を濡らした雨粒に気がついたのは河原の土手を歩いている時だった。
生憎傘なんてものは持ち運んでいない。しかも雨足は強くなる一方だ。橋の陰に隠れて雨をやり過ごしていると、買い物袋を提げた少年が走ってこちらに向かってきた。雨に濡れた髪でよく見えないが知らない顔だ。大阪に知り合いなどいないから当然だが。

「しまったなぁ…濡れてしもた」

この少年も俺と同じようにまさか本降りになると思っていなかったんだろう。気になってちら、と見やると、少しだけのつもりだったのに、いつの間にか目が離せなくなっていた。
身長は男としては高い方に見えるが、がっしりとした体形ではなくどことなく華奢だ。買い物袋を下げる腕は白魚のように滑らかだ。指を這わせたいと思わせる。濡れた髪をかき分ける仕草に視線を上げると、端麗な顔立ちが垣間見えた。色素の薄い髪は脱色したようには見えない。多分地毛だ。切れ長の瞳は鳶色をしていてその視線は買い物袋に向けられていた。すっと通った鼻筋や薄い唇も、彼の魅力を引き出すには十分すぎた。

(こぎゃん別嬪な男もいるんか)

俺の視線に気づいたか、少年はこちらを見上げた。鳶色の大きな瞳と視線が交わる。

「自分、背ぇでかいな…!」

優しい響きのテノールの声が雨音を掻き消して耳に入る。正面から見る少年は憂いと帯びた横顔よりも迫力があった。一言で言えば、タイプ。
目の前の男を好きなタイプと言うのだから、俺は多分人と違う。普通男が男を恋愛対象として見るのは考えられないことだ。放浪が趣味というのだから少し変わっててもおかしくはないだろう。それとも性別の違いがさほど気にはならないのは細かいことを気にしない性分からか。

「よく言われんね。おにーさんもたいがむぞか顔しとるけん」
「たいが……?むぞか…?」

無意識らしい小首を傾げる仕草も、俺の心をしかと掴む。

「自分、ここらへんに住んどるんか?見かけん顔やけど…」
「越してきたばっかとね」
「家は近いん?」
「んー…向こうの方から来たんは確かばってん、道覚えとらんね」

雨は地面を打ち付けて音を鳴らしている。この様子だとふらふらと帰っても道に迷ったままだ。困った、と苦笑した。
すると少年はせやな、と呟いて同じように笑った。

「止みそうにあらへんし、…家来るか?」
「よかね?」
「しゃーないやろ。このままここに居るわけにはいかへん。自分、家わからんのやろ?なら俺の家来るしかない」

ここ寒いし、と身震いする少年はついてこいと言わんばかりに土砂降りの雨の中を走りだした。
その後ろを、下駄を鳴らしながらついていく。カランコロンと鳴る下駄の音は雨の中でも一際大きく響いていた。
この時の白石はまだ、素直で純粋な、笑顔の似合うただの奇麗な少年だった。




01:Cause of start


( 01:Cause of start )



20111101 ナヅキ
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