「西瓜のケーキとかさ、作んねえの」と訊かれて、訊いた藤君には本当に本当に申し訳ないのだけれども前衛的な感性だなあと思ってしまった。 西瓜味のアイスやゼリーがあって、メロンを使ったケーキもあって、しかしながら赤いケーキとなると原材料は必ずベリー系となってしまうのは、やはり西瓜の味はスポンジに染み込ませるには些か爽やか過ぎるからなのではないだろうか。カップケーキも作れない私が偉そうに断ずるなど出来ないけど、お父さんから西瓜ケーキ試作の話を聞いた事は今まで一度も無かった。 フォークの端で実から取り出された黒い種が、からんと音を立てて皿に転がる。あの特徴的な縞模様の入った皮の無い、適当にカットされた西瓜をかじる藤君の横顔は、今が八月中旬だと忘れてしまう位に相変わらず精悍だ。 そしてそんな藤君の横に座っている自分には違和感を覚える。藤君が私の隣で、と言うより私の家のリビングのテーブルの所謂お誕生日席に座った私の斜め隣で家の冷蔵庫にあった西瓜を食べているなんて、ああこれは確実に今月の運は使いきってしまった。いや寧ろ藤君の今月分の運も吸い取ってしまったに違いない。 店の前の掃き掃除をしていたらあろう事か箒につまずいて、バランスが取れず転んで、一体私が何をしたと言うのか通り掛かった藤君にぶつかって、藤君が落とした荷物の中身がシュークリームだったなんて。通りにはあれだけ人が居たのに藤君が店の前を通って、その藤君に私がぶつかるなんて。神様にちょっと感謝したいやら藤君に申し訳ないやら。 そうして、せめてもの詫びにとシュークリームの代金を払おうとしたものの藤君が返した「いや別にいいって、そんなん」の一言で償う手段を無くした私は、「じゃあ何か冷たい食いもんある?」という藤君の言葉に結局救われ、卓についている。 「あ、あんまり…聞いた事はない、です…」 「何処のケーキ屋にも置いてねえよな。見付からないだけに一回食ってみたいかも」 せめてカップケーキが作れるスキルが今すぐ欲しい。迷惑を掛けてしまうと分かりきっているだけにこれまでお父さんの仕事を手伝おうとはしなかったし、意欲よりも失敗への恐れが先立って家のキッチンで自主的に練習する事すら避けてきた。ケーキの箱詰めも出来ない私が、柔らかくて液状の生地を巧く型に流し込めるとはどうにも思えなかった。やらない内から諦めるなんて情けない話ではあるのだけど。 そして仮に作ったとして、どういう顔と言葉でこの美少年代表の同級生に渡せと言うのだ。私は万が一にも同学年の女の子達を敵に回したくない。 「まあ、ケーキなら大概どの種類でも味でも好きだけどな」 「えっ、…え、ぁ、そうなんです…か」 「パウンドのとかカップケーキとか」 「え、っ。…お、美味しいよね…」 「おお」 「……………」 「………派出須がさ、最近紅茶にハマったらしい」 「ハ、ハデス先生…?あ、…でも、いつも…お茶を…」 「生徒ウケも狙ってんじゃねえか?あいつホントそういうのに精出すよな」 「…うん。その、…い、良い先生…だと思う……」 「……………紅茶にはやっぱケーキとか洋菓子が合うよな」 「ぇ、あ…うん」 「…………………」 「……、…?」 「……あー、ったくめんどくせえ。察しろよ」 「ぇえ!?わ、私、私何か粗相をしましたでしょうか…!」 「いやそうじゃねえよ。…だから、」 何か意図のあるような無いような、軸が定まっていないようなケーキに関する事に終始しているような、おそらく世間話のカテゴリーに入る会話を続けて暫し。こんなにも藤君と話が続いたのは史上初なんじゃないかと密かに緊張していた折に突然頭を掻いて溜め息を吐いた藤君に、脳内の緊張は焦りに早変わりした。 意味も無く両手を胸の高さまで上げて彷徨わせる私をちらりと一瞥される。そんな些細な挙動でさえもやはり格好良く見えてしまうなんて、私の中の憧れは何時から欲を孕んでしまったのか。 「お前がケーキ作って来てくれって言ってんの。紅茶に合う奴。それでチャラにするから」 私がケーキを作って渡して初めて清算が完了するならば、今藤君が食べている西瓜は何代なのだろう。そして藤君の耳はどうして赤いんだろう。紅茶に合う奴、紅茶とケーキ、藤君はケーキなら大体何でも好きで、ハデス先生は最近紅茶も淹れるようになったらしくて……ちょっと待って、私は今この瞬間一生分の運を使い果たした気がする。 「ほら、返事。はい以外は返事と認めねーからな」 「はっ…、はい!」 そしてこれから一生分と言って良い位のつもりで努力をするのだ。生地を容器からこぼさないように。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 一周年ありがとう企画/みはじさんへ (title:にやり) |