流星群を追う生活 | ナノ
 


右手には小綺麗に包装され予めリボンの飾りが貼り付けられた薄い箱。の、入った学生鞄の肩掛け部分。左手には携帯電話。白い光を放つ其の液晶画面の中に表示された二月のカレンダーは十七日、つまり今日の日付の箇所だけ色が変わっている。

「今更だなぁ」と、脳内で自意識が盛大な溜め息を吐いた。用意したチョコレートと変わりゆく日付、其の二つが並ぶだけで充分に情けないというのに、それでもバレンタインデー以降も毎日手渡しでの贈答を試みる私は単なるお馬鹿さんでしかないのだろう。
冷蔵庫内と鞄の中を行き来する日々を送っている菓子が最早変質してしまっているのではないかと言う不安に、心臓の端っこをちくりと刺される。渡したい相手の、怪訝そうに眉を寄せる顔を想像して、胸の真ん中がぎりりと締められる。

もう、食べてしまおうか。空が黒に呑まれる度にそう思った。そして今、茜色と群青色が絡み合う空の下、やはり同じ事を思う。四回挑戦して全て失敗に終わったのだ、恐らくこれ以上は只同じ事を繰り返す結果にしかならない。
市販の其れだと判る、きっちりと包装紙に包まれた箱が冷たい温度を指に伝えてくる。菓子を勝手に下駄箱や机の中に入れれば困らせてしまうかもしれない、加えて気味悪がられてしまうのではと言う懸念もあって、手渡しを決意したのに。あの気持ちは何処に言ったのだろう。

好意なんて大層なものが伝わらなくたって良い。ただ、贈りたかった。其の感情の内側に込められた私の感謝であるとか、あたたかいものがほんの少しでも届けば。
あなたが日頃私にくれる柔らかな煌めきを、欠片でも返す事が出来たならそれで良かったのに、感謝を具現化した筈のチョコレートを渡す事で躓いていたら何にもならない。
バレンタインデーと言う理由さえあれば流石の私も動けるだろうと自分で思ったけれど、私の中には勇気のゆの字も無かったようだ。
そうしてまた、自己完結したくなる。あの人は此方が動けば反応を返してくれる人だと知っているのに、それなのに。


「おい」


短く紡がれた声に無言で顔を上げた。其れは例えるなら、携帯がメールを受信した際に発するバイブレーションの音には別段驚かないのと同じ事だった。頭の中でぐるぐると渦を巻く思考に気を取られている中で呼び掛けられても即座に其方に集中出来ないし、驚く程の隙や余裕も私の心中には無かった。

少し離れた場所で脚を止めている人物の髪が陽光を淡く弾いて、其れが何だか眩しくて瞳を細める。そうしている内に相手は爪先の向きを変えて距離を詰め、私が腰を降ろしている公園内のブランコの傍らまでやってきた。
其処でやっと自らの意思で相手方の顔に焦点を当てた私は、口を「あ」の形に開けた。眩しい。夜は近いのに、白い頬を掠める毛先の動きまで何故だかよく見える。


「何やってんだ、こんな所で。具合悪いのか?」


怪訝そうに寄せられる眉根。だけども想像したものと少し、違う。思わず「藤くん」と呼びそうになった唇を閉ざして首を横に振った。
本人が目の前に居るのに名指し確認をするのも可笑しな話だと、分かっていても尚信じ難くて、つい呼びそうになってしまう。都合の良い幻じゃない事は一応分かっているのだけれど。

夕方の公園でブランコに座っていた私に、態々傍まで寄って声を掛けてくれた藤くん。またあたたかいものが私の胸に降る。


「大丈夫ですっ、大丈、夫。…っふ、…藤、くん」
「ん?」
「藤くん、あのっ…あのね。私、」


笑顔より先に渡したいものが今の私には有るんです。
他でもないあなたに受け取って欲しい。
好きの二文字よりも伝えたい言葉が今の私には在るんです。
どうか聴いて、くれますか。






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from.未成熟/輪禍

title:にやり

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