魔法かけたもん勝ち | ナノ
 


「あれっ、みのりちゃん?」


其の呼び掛けに思わず顔を振り向かせてしまったのは、致し方ない事だと思う。もし耳に届いた声に対する聞き覚えの有無を脳が吟味する前に此方が振り向かずとも、ゆくゆくは声を掛けられていた事だろう。視界の中に滑り込んできた彼の女性に関する洞察力やら観察眼やらはなかなかに問題な、否、秀でたものだからだ。


「やっぱみのりちゃんだ!スカート履いてんの珍しいじゃん」


視線が絡んだ時間はほんの一瞬。思春期特有の輝きみたいなものを内包しているかに見えた両目はすぐさま好色の色を帯びて私の脚に焦点を当て、そのまま焦げ茶色のブーツだとか腿の位置に在る私の左手だとか、スカートに重なって腰を覆う黒のベルトを眺め始める。

自分が教職員と言えど何も女性に興味を持つなとまでは言わないし、年頃の男子中学生が内々に孕む好奇心の大きさたるや相当なものである事も想像出来なくはないからやたらに制限したり規制したりといった措置もどうかとは思う。
ただ思う事と感じる事が全く同一かとなるとそうとも言い切れない。体育教師としてでは無くあくまで女性として見てくる安田くんの目は異様に輝いていて、明らかに異性として見られていると実感しつつ相対する事は僅かながらも私の中に照れを呼び起こすのだ。
普段から学校と言う場に留まってばかりで新たな出会いの場も機会も驚く程に少ない身としてはそういった眼差しには慣れていない。

完全なプライベートで街中を歩いていた今、殊更不慣れの具合を自覚する。教員ではなく一個人として偶の休みを満喫しようとスカートを履き、普段よりも少し濃く化粧をして、機能性重視のスニーカーを脱いでシルエットに重点を置いたブーツを選んでしまったものだから、即座に教師の顔に換われない。
おまけに安田くんがあからさまに普段と違う箇所ばかりを見るものだから、最近の子からすると私の格好はあまりセンスが感じられないのだろうかなどといった懸念まで沸き出してきた。


「何、もしかしてデート?みのりちゃんデート?大人のデート?」
「落ち着きなさい安田くん…。ただの買い物よ」


日頃の溌剌とした態度を変えずに接してくる安田くんの様子に心無しか若干安堵してしまう。軽薄と言うか浮薄と言うか、どうにも常時浮わついている印象の拭えない彼だけれど、愛想笑いや露骨な世辞を寄越したりはしない子だと知っているからどうにも憎めないのだろうか。


「…あーあ、何か残念だなぁ」
「えっ、…何の話?」
「いや、俺があと十歳年取ってたら、この儘みのりちゃんデートに誘えたのになって思ってさ」


やはりこういった格好は私という人間にはあまり似合わないのか、今日は幾分チャレンジ精神に則り過ぎたかもしれないと反省を抱いた私の脳内は、重ねられた安田くんの言葉に因って一気に照れと狼狽の混合物に侵食された。
天を仰いで「この時代に生まれ落ちた自分が憎い…」だとか呟いている安田くんは相変わらずの自由奔放ぶりで、そう、思わず呆れてしまいそうな位に自らのペースの儘なのに。嗚呼まったく、熱を持ってしまう私の両頬にこそ我ながら呆れてしまう。

完全なる不意打ちを喰らって予想外な程に心中を撹拌させられている事を気付かれない内にそれとなく別れたいというのが本音なのだけれど、きっと其れはただの理想で終わる気がする。彼の女性に関する洞察力やら観察眼やらはなかなかに厄介で、そして、的外れでは無いからだ。




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(title:にやり)
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