北へ南へ君の手と | ナノ
 


かたかた、ぷるぷる、ふるり、身体的な震えを表す擬音ならば文字数を問わず幾つか在る。緩慢に頭を回転させて思い返しただけでも五つ位は存外容易く浮かぶし、半濁点だの濁点だのを付けるなり外すなりすれば更に候補は増える。
そして今現在俺の右手が捉える花巻の小さな手から伝わる感触が、そんな数有る擬音の中から最もしっくりと当て嵌まるものを選び出して表現するのであれば恐らく「がたがた」が相応しい事実は、浅いながらも決して矮小などでは無い問題事項だ。

俺の知人友人肉親関係の中では、想定外の物事に対する受容量の上限がなかなかに低く気絶癖の有る山蔵がある種一番の変人だと思っていた。そう思っていたが、これはとんだ強敵が登場したものだ。そもそも山蔵と花巻は争ってなどいないが。

気分はさながら遊園地のお化け屋敷内にて恐怖に足が竦んだ幼子を連れ歩く親の其れ。先刻から掌に感じる小刻みな震えはどうしたって緊張だのましてやときめき云々から派生したものだとは思えなくて、いっそ手首を掴んでしまえば良かったと今更耳の奥で後悔の欠片が疼き始める。あ、俺この儘だと「臆病」に罹るんじゃねえか。
二人揃って同じ病魔に罹るだなんて想像を展開するだけで何だか胸の真ん中より少し上の辺りがむず痒い、第一俺が束の間でもチキン精神を有したと知られれば間違い無く美作に揶揄われ笑われ妙な渾名の一つでも付けられるだろう。

それにやはり、手首の細く頼りなさそうで骨の輪郭が薄く窺える感触よりは柔らかな掌や滑らかな甲の肌触りの方が好ましい。よって本人の了承を得ない儘に片手を捉えた事は後悔していない。と、思うのだが、俺がこんな思春期謳歌中も露な思考回路を持つようになった事自体が驚きだ。
そしてそんな事柄を考えた瞬間に俺の右手の五指、指先から付け根に至る箇所と掌までの全ての皮膚感覚が鋭敏になったように感じられる。
何の前触れも無くこういった事に意識が及ぶだなんて、花巻の緊張が妙な伝染り方をしたのかもしれない。


「あのさぁ」
「ふわ、っは、…はい!?」


校門を潜ってから早数分、久方振りに声帯を震わせた途端バネ仕掛けの玩具か何かのように右手の中の体温が跳ねた。右横で生まれた声も跳ねていて、其れが相手の常態と知りつつも俺の声色が常々のものと同様つい気怠げな様相を醸してしまっていただろうかと懸念が生じる。

ある意味での些事を気に掛けるようになってきた辺り、花巻の影響を受けてきている、のかもしれない。花巻が細かな事にも配慮する姿勢を心掛けるだけに共に居ると此方も自然と自意識やら目線やらを向ける対象が増えるのだ。
最近はそんな日々を送っている為か、俺の意識と視線と思考は極自然に隣へ向き直る。緋色の斜陽に照らされた頬は見間違えようも無く紅潮していて、ベタに夕陽の所為だと言い訳されても大人しく納得し難い位の鮮やかさを湛えていた。


「お前が渋っても、これからは毎日こうやって帰るから」
「え、っ…えっと、…あの…藤く、」
「美玖」
「…ぅあ、!?ぁ、はいっ、何でしょう…!」
「お前が恥ずかしくても、俺は今後こう呼ぶから」


現状、花巻の頬は淡くチークを乗せた女よりも余程赤い。けれども繋いだ手を解こうとする気配は特に無くて、下校時の決定事項に異を唱える素振りも無くて、呼称の変化を拒む様子も無くて、ああ青春ってこういう事かと頭の片隅で思う。
およそ三時間半ほど前の昼休みに花巻へ恋情を告げた事は、勿論後悔していない。欲しかった体温は今や俺の手の中に在る。





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(title:にやり)
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