覆る日 | ナノ
 


「姐さんが出る程の幕じゃないっスよ、あの程度の奴らなら俺一人でも充分です」
「でも、人手は多い方が…」
「だーかーら、大丈夫ですって!此処は俺に任せて、姐さんはアニキを呼んで来て下さい!」


誇らしげに拳で胸を叩いて見せる妹尾君は元気が有って溌剌としていて良いと思うのだけれど、空間影響型病魔の障気にあてられて何やら喚いている生徒が近場に複数人居る現状下では微笑ましい心地には成り難い。
確かにこれ以上騒ぎが大きくなったり、下手に刺激して無機物以外への被害が生じる前に、派出須先生を呼んで来て事態を解決するべきだとは思う。

けれども一時的にこの場を離れる事には多少の不安が残る。妹尾君も不良として腕に幾ばくかの覚えが有るようだけど(とは言えそういった環境で格闘の技術を培うのは私としては如何なものかとも思う)、病魔に罹った人間には自意識など殆ど残ってはいないのだ。どんな突飛な行動に出るか、予測する事は不可能に近い。

仮に私が派出須先生を呼びに行き、そしてこの校庭へ戻ってきた時に妹尾君が流血沙汰の怪我でも負っていたりしたら、私はきっと自分の行動を後悔するだろう。
生徒に強い衝撃を与えて(まだ誰かに危害を加えた訳では無い生徒達を殴り飛ばすのは流石に少しばかり気が引けるけども、時には荒療治も必要だ)、病魔と罹患者の繋がりを緩ませる事なら私にも出来る。其れは過去の体験から実感済み、それだけに自分が足止めに徹した方が良いように思ってしまう。


「あっ、じゃあ立場を交代しましょう!妹尾君がハデス先生連れて来てくれれば良いのよ!」
「いやいや名案浮かんだ!みたいな顔して何言ってんスか。姐さんに丸投げなんて俺の舎弟としてのプライドが許しません!」


何時もならば私の言う事には大抵賛同や肯定を返して協力の姿勢を示してくれると言うのに、今日の妹尾君は何故だかやけに強情と言うか、頑固だ。
こんなやり取りをしている間にも笑いながら校舎の壁を攻撃したり樹木を蹴りつけたりと、宛ら酔っ払ったヤンキーの如き行為を続行する生徒達の様子に焦燥を抱いてか、遂には校舎内に繋がる渡り廊下の方向へと私の背を押し始めた。


「とにかく姐さんはアニキの方をお願いします!マジでこっちは心配無いんで!」
「…分かった、任せるからね?」
「はい!この俺が姐さんの肌には掠り傷一つ付けさせません」


一先ず意識を切り替えて校舎へ駆け込もうと動かし掛けた脚が止まる。今までの妹尾君の態度が、罹った生徒達と揉み合いになる事で私に余計な怪我を負わせない為のものだと気付いた途端、急に両の頬がじんわりと熱を帯び始めた。彼の其の考えは男尊女卑だとか、女を下位に置いての発言では無い。
其れがきちんと分かるだけに今現在自分が女扱いされていると言う実感だけが如実に私の中で浮き彫りになって、顔の熱がじわじわと、ゆっくりと増してゆく。

尊敬と憧憬を込めた眼差しを向けてくる妹尾君に対して単純にお礼を言えば良いのか、男らしいと褒めれば良いのか、そんな大袈裟な物言いで無くとも構わないと普段通りに振る舞う事が正解なのか。
咄嗟には判断を下せなくて、ろくに返事も返せない儘に思わず校舎へと走り出してしまった。背後からは罹患者の怒号に混じって威勢の良い啖呵が聞こえてくる。危機感を持たなければならない状況だと言うのに、私の舎弟だと名乗る其の声に自然と笑ってしまった。





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(title:イーハトーヴ)
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