おひとつプレゼント | ナノ
 


「何でだよ、遠慮する事ねーんだぞ?」
「嫌よ〜…パチンコで勝った金なんて俗物としての在り様が露骨じゃない。大体元手の軍資金だってサロンの売り上げの一部なんだから、あんたが払ったって結局はわたしが出費したようなものだわ」
「今日も手厳しいなぁ、鈍ちゃんは」


事実をきちんと突き付けてやったと言うのに、へらりと笑ってお仕舞い。其れを腹立たしく思う暇すら無く呆れが胸中に沸き出してしまう辺りわたしはこの男のだらしが無く頬を弛ませた顔を見慣れ過ぎてしまったのだろう。

浅黒い肌と無駄に大柄な体躯、加えて左眼を割る傷痕にシャツの胸元に引っ掛けたサングラス、胸元のポケットから覗く煙草の箱、そしてこれまた無駄に大きな声。優雅なティータイムを望む心境を粉々に破壊してくれる我が相棒は落ち着いた雰囲気の漂う喫茶店内だと浮いて仕方が無い。
まるで黒檀調の机に白い絵の具を垂らしたかのように、繕いようも無い程の明らかな違和感を生んでしまうのだ。

それならばわたしが妥協してファーストフード店にでも入れば全てが調和し丸く収まったのだろうけど、生憎今日のわたしの舌は珈琲とメレンゲと蜂蜜が溶け合った時にのみ生まれる特有の甘さを求めていた。其の味の深みはジャンクフードを提供する類いの店では恐らく味わえない、其れ故に行き先は自然と喫茶店に決定。此処までは良かった。

けれども注文した品を待つ間にいきなり珈琲代を払うと言ってきた経一の、毎度の事ながら自らのペースで物事を展開させようとする姿勢に脱力。
煙草代に困る日さえ有る男に甲斐性を見せようとされても素直に有難く思えないのは彼がだらしないのか、わたしが捻ているのか。多分前者だ。


「だとしてもよ、こういうのは何つーか…要は気持ちだろ?偶には男らしい所発揮させてくれって」
「あんた男らしさってモノを履き違えてるわ。珈琲奢るだけで株が上がるなら、世の中男前だらけになっちゃう」


やけに食い下がる態度は正直面倒臭い。会計に関してはわたしが払おうと経一が払おうと結局消費されるのはユグドラシルにおいての営業で手にした利益の一部である事に変わりは無いし、病魔捕獲時は抽出銃の使い手として経一にも動いて貰ってはいるけれども、其の働きに対して並の感謝こそすれ仕事以外の場で甘えようと言う気は微塵も起きない。生憎とわたしには昔から可愛気と呼ばれるものが少々欠けている。そして其れを自覚している。

図体ばかり育った癖して情け無く眉尻を垂れさせる経一の次なる発言を封じようと唇を開き掛けた所で、絶妙なタイミングでウエイトレスがトレイを片手に木造りの床を歩いてきた。「お待たせ致しました」の一言を伴って手元に置かれる真っ白な陶磁器からは何とも芳しい香りが立ち上る。
けれども続けざまに、さも当たり前のように視界の中へ鮮やかな橙色を放り込まれて、思わず珈琲から意識を逸らしてしまった。わたしが待っていたのは他ならぬブルーマウンテンだと言うのに。


「あら、随分珍しいもの頼んだのね〜…。あんたケーキなんて何時もは食べないじゃない」
「違げーよ、こいつは鈍ちゃんの分。偶にはケーキみたいな甘いモン食いてえってこの間言ってただろ?だから奢るって言ったんだよ、…あークソ、格好悪りーなぁ俺」
「……経一あんた、本当に不器用な人ねぇ…」

テーブルの上にはメレンゲを浮かべた蜂蜜入りブルーマウンテンとグアテマラのカップがそれぞれ一つずつ、ミルクで満たされた小瓶と角砂糖が詰め込まれた丸い容器、それから夏蜜柑のタルトが一皿だけ鎮座する。其れらがまるで羞恥心を煽る材料達であるかのように、経一は室内に居るにも関わらずサングラスを掛けた。
珈琲を飲み終わるまで大人しくしていてくれたなら、卓の端に置かれた伝票を向かいの席で照れ隠しに尽力している男へ素直に押し付けてみるのも良いかもしれない。





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(title:うきわ)
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