廻る星屑の中で深呼吸 | ナノ
 


初めて花巻美玖と言う人間をクラスメイトでは無くきちんと一個人として捉え始めた頃、淡い色の若干癖が掛かった毛先は顔の輪郭を覆う程度の長さまでしか無かった。けれども其の髪は、気付けば大分伸びていた。
そして其れに気付いた瞬間と言うものが今現在である事に、自分の洞察力だとか観察力だとか、要するに相手を気に掛ける面の発達具合について幾ばくかの不安を覚える。

思い返せば明日葉は小さな事によく気がつく奴だし、美作は対象者が女子の場合に限り相手の変化に聡いような気もするし、本好も美作が相手の時のみ気配りや気遣いがある意味完璧に近い。明日葉はまだしも残りの二人から得られるものなどそうそう無いだろうと五分前まで思っていたが、限定された相手の事に対して積極的に関わろうと言う姿勢は当人の人柄を問わず多少見習っておくべきだったかと今更悔やまれる。


「あの、…藤君?」


待ち合わせ場所で落ち合い簡素な挨拶を交わした後は鳥居に寄り掛かった儘の俺を訝しく思ったのか、淡い橙色のカーディガンを羽織った花巻が緩く首を傾げる。
一つに纏められた髪は頭頂部で結われて掌に収まる位の団子になり、普段は後ろ髪に隠れている項や首筋の輪郭が露になっていた。
根元を束ねるゴムから蝶を模したチャームがぶら下がって、花巻が動く度に右へ左へと小刻みに揺れ動く。夕方の仄かな涼やかさを孕んだ風が小花柄のワンピースを悪戯に煽って裾が揺らいだ。


「偶にはそういう髪型とか服も良いんじゃね?似合ってる」
「え…、っあ、ほ、本当…っ?」
「ああ」


物珍しさから口をついて出た言葉の羅列は、台詞を受け取る相手側からしても稀有なものだったらしい。肉付きの薄い花巻の両腕が落ち着き無く自らの服やら髪やらを触り、最終的に何故か両の頬を押さえていた。

高校に入学して初めて迎える長期休暇と言う事もあってか、夏休みの醍醐味の一つとも言える夏祭りを満喫しにやって来た同学年或いは同年代の人々で出店が並ぶ近辺は賑わっている。其の賑わいが、昔から少し苦手だった。
夏の夜の蒸し暑さが人混みの只中に居る事でより増幅され周囲に蔓延り、納涼も兼ねている筈の催しだと言うのに何処に歩を進めても少なからず薄っぺらな熱気の膜に包まれているような感覚が失せない事が主な原因だ。

既に縁日が開催されてから一時間弱は経っているが故に、夏祭り会場である神社の敷地内では入り口にあたる鳥居の周りだけが比較的涼やかさを取り戻しつつある。
喧騒も無く時折弱い風が吹き、会場内の至る所に吊るされた提灯の明かりがぼんやりと届く其処は一言で言えば心地好い。其れが表に出ていたのか、境内の賑わい振りを一瞥した花巻が真紅に塗られた鳥居へ距離を詰めた。


「こ…此処から、見る?」
「え。出店とか見なくて良いのか?食いもんは後からでも確保出来るだろうけど」
「うん、後でちょっと覗ければ充分。それに此処からの方が、人混みの中で窮屈な思いとかしないだろうし…」


そんな会話をしていた折、不意に腹に響くような重低音が大きく轟いた。殆ど同時に夜空が少しだけ明るくなる。
自然と上向けた視線の先で祭りの目玉が煌めき、線と点で描かれた花が次々と空の只中に咲く。夏の終わりまでの期間を予め指折り数えるように、渇いた音を立てて光の群れが消えてゆく。

休みが終われば中学時代よりも難解度の上がったよく解らない計算式や異国語や物の名前、要するに知識と呼ばれる諸々を頭に詰め込むべく家と高校を往復する日常が再開される。
そして手には何も持っていなくて何を持ちたいのかも決まっていないのに、将来手にするだろう何かを入れる為の箱の形を態々先に決めるかのように、自分が進む道の方向性を嫌でも粗方決定しなければならなくなる。
そうやって、あの花火達の末路のように、皆がそれぞれ少しずつ軌道を変えて自分のレールに乗る日が来るのだろう。

其の日を控えて、迎えて、通り過ぎて。自分の通帳を持つようになった頃にまたこの神社で行われる夏祭りに来て、自分で稼いだ金で花巻が欲しいと思ったものを全部買ってやれたら良いと、そう思った。





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