所謂不意打ち | ナノ
 


危なっかしい、と云う言い回しを最初に思い付いたのが誰だかは知らないし一片の興味も沸いては来ないが、其の誰かさんには若干感心を抱かなくも無い。危ないでは無く、危なっかしい。成る程な、何てぼんやりと思う。確かに危なっかしいとしか称しようの無い奴と言うのは存在するからだ。単語の差異を説明しろと言われても、語源を知らない俺には無理な話だが。


「ご、っご、ごめんなさい藤君、ごめんなさい…!大丈夫…!?」


いや、其の質問は寧ろ俺が投げ掛けてえよ。そんな一文は脳蓋の中で空転するだけで言葉と化して唇から飛び出そうとはしない。
今お互いが居る場所は校庭で、当然の事ながら地面に掌や靴底をつけばざらつく砂の感触が些かの不快感を伴って纏わり付いてくるのだが、其れらを加味せず土下座でもしそうな花巻の様子に正直面食らってしまった。

情け無く垂れ下がった儘の眉尻と混乱や自己嫌悪を顕著に滲ませた大きな双眸、加えて落ち着きなく彷徨う指先。
花巻がとにもかくにも俺に謝りたいのだろう事は挙動と雰囲気から容易に察する事が出来たし、この同級生の少々どころか大分引っ込み思案だったり自虐思考だったりする性格は承知している心算だった。けれどもどちらかと言えば被害者が浮かべるような表情で謝罪を連発されては如何にも良い対応策が思い付かない。


「謝んなって。別にお前の所為じゃないだろ」
「で、…でも」
「こういう時は、ごめんよりありがとうって言われた方が俺は嬉しいけどな」


帰宅しようと校舎から出た際に偶然花巻とすれ違い、其処へサッカー部の連中が蹴り飛ばしたボールが飛来。咄嗟に花巻の服を掴んでボールの着地予想地点から退かせた所までは良かったものの、不意の急な引力に対処出来なかったのか足を縺れさせた花巻が俺に向かって転倒。そして同じく不意の急な重力に対処出来なかった俺は校庭に向かって転倒、倒れたついでに花巻のクッション代わりをも努めた。
そんな何ともお約束な展開にしてなかなかに立派な事故に対しては、当事者の二人よりもボールを取りに来たサッカー部員が一番驚いていたかもしれない。

正門からは幾らか離れた場所で起こった出来事だからか目撃者がそう多くなかった事は幸いだが、地面へ座り込んだ状態で最早半泣きな花巻と其の傍らに佇む俺、と言う現状は決して良いものでは無い。あらぬ誤解を受けそうだ。


「ほら、立て。何処も怪我してないか?」
「ぇ、…っあ、だい、大丈夫…。でもあの藤君、」
「あーもうまどろっこしい奴だな。こんな所にいつまでも座ってる気かよ」
「わぁ、っ!?」


差し出した手を掴もうとはせず、かと言って自力で立ち上がる気配も無くやはり両手を彷徨わせる花巻に流石に焦れる。立たせるべく強引に片腕を掴んで引き上げると本当に此方が加害者扱いされかねないような声が目の前の唇から飛び出した。
反応が逐一大袈裟な所も既知事項ではあったが、せめてもう少し慣れて欲しいと思うのは俺の我が儘なんだろうか。


「ごめ……あ、じゃなかった、…ありがとう…」
「おう」
「本当に大丈夫…?」
「お前に潰されちまう程柔じゃねえよ。寧ろ逆に俺の方が心配なんだけど、花巻軽過ぎ。ちゃんと飯食ってるか?」


転んだ時の軽い衝撃と勢いに因って耳から外れたイヤホンを着け直しつつ何の気無しに言葉を向けた途端に、効果音が付きそうな程急速に花巻の頬が赤く色付く。其の変化に思わず凝視と言っても良い位にまじまじと表情を見つめてしまったが、花巻の眼は珍しく確りと此方を見返してきた。

但し惑うように眉尻を下げた儘で、視線が迷わない代わりに唇は声を生み出さず無音の開閉を何度か繰り返す。
けれども数秒を経て、一度引き結ばれた唇がゆっくりと動いた。


「………ありがとう、藤君」


初めて見る顔だった。相変わらず眉は下がっているけれど何時もの困惑を代弁するような其れじゃない。普段は呼び掛けただけでも慌てた顔をして返事を少なからずどもらせるのに、鼓膜に届いた言葉の羅列は綺麗に整っていた。
頬を彩る緋色が白い肌に良く映える。そういえば花巻が俺の目を見て笑って見せたのは恐らく初めての事だと、遅ればせながら気が付いた。


「…いつもそういう顔してりゃ良いのに」
「え?」
「いや、何でも無い」






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藤に心配されて嬉しかった花巻。
10000ヒット記念/白月さまへ




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