暖色のきみ | ナノ
 


大通りに面したビルの硝子張りに加工された壁面、其の大きなショーウインドウの中では所狭しと色鮮やかな衣服を纏ったトルソーが並んでいる。
立ち並ぶ華やかなケースの内の一つ、一際可愛いらしい様相のシルエットが陳列された一角の前にやたらと真剣な眼差しを湛えた横顔を見掛けて足を止めた。
食い入るように、と言うよりは最早必死と称しても良さそうな程の目力を一心に正面へ注ぐ集中を逸らす事には若干躊躇いが生まれたが、どう見てもウインドウショッピングを楽しんでいるとは言い難い表情を浮かべて佇む生徒に出くわした以上素通りする事は難しかった。少なくとも、僕の性格では。


「何か悩み事かい…?」
「ぅ、わっ!?」


どうやら余程集中していたらしい。呼び掛けただけで薄い肩は大きく跳ね、やや上擦った声が鼓膜に響いた。
続いて驚きも露に丸く見開かれた双眸の中に対峙者の、つまりは僕の顔が映り込む。途端に相対した鏑木さんの黒々とした大きな瞳が一層狼狽したように瞬いたものだから此方まで少しばかり驚いてしまった。


「あ、っハ、ハデス先生…?何で此処に、…って言うか、私服…!」


今日の鏑木さんは随分と忙しなく表情が変わる。驚きが更に色濃くなったかと思えば困惑が混じり、続いて何処と無く密やかな煌めきを孕む様は、不良や病魔を相手にした時に見せるような頼もしさ(大人の僕が中学生の彼女に頼り甲斐を感じてしまっている時点で何とも情けない話ではあるが、実際鏑木さんの身体能力と格闘センスは僕の何倍も上なのだから致し方ないだろう。と言うより、致し方ないのだと思いたい。)が成りを潜めて年相応と言える。

休日故に周囲の人々同様私服に身を包んだ僕の濃紺色をしたカットソーへ目線を固定する鏑木さんの顔から少し視線を上げると、先刻まで眼下の少女が熱心に見つめていた硝子ケースが丁度視界に映った。
一体のトルソーが展示している三段のフリルで構成された柄の無い空色のスカートはウエストがゴム素材で出来ており、シンプルな見た目の中にも女性らしさが有る。

其れを見た瞬間、不意に今まで何度か目にした私服姿の鏑木さんは何時も丈の短いパンツを身に着けていた事が思い出された。何かに悩むと言うよりは、服選びに迷っていたのかもしれない。そう考えた時には思わず硝子の向こうに在るスカートを指しながら口を開いていた。


「ああいう淡い水色とかも、鏑木さんは似合いそうだね」
「……、えっ?」


若干呆けたような一言を漏らした鏑木さんが、僕の人差し指が指し示す方向を辿って顔を振り向かせる。かと思えば再び顔が此方を向いて、またパステルカラーの衣服へと向き直った。
そんな事を三回ほど繰り返して僕が言う「ああいう淡い水色」がフリルのスカートであると気付いたのか、鏑木さんは何かしらの擬音が付きそうな程急速に白い頬を赤く色付かせた。それはもう、急性の発熱と疑うべきか迷う位に赤く。


「え、いやっそんな、私には似合わないですよあんな女の子っぽいの…!」
「そうかな…明る過ぎない落ち着いた色だし、僕は良いと思うよ。それに鏑木さん、ずっと其処の服を見てただろう?何か気に入った物が有ったのかと思ったんだけど」
「…っみ、…見てたんですか…!?」


服を見つめる様子を何秒間か見ていた、と言外に告げる情報は蛇足だったかと今更になって思う。
後悔先に立たず、鏑木さんの両の頬は気恥ずかしさからか熟れた林檎の表皮のように緋色に染まりきってしまった。よく見れば黒髪の合間から覗く耳も赤い。

要らぬ羞恥を抱かせてしまったかと流石に内心焦燥が込み上げるものの、音に換えてしまった言葉はもう取り消す事は不可能だ。だがあの水色の服は鏑木さんに似合うんじゃないだろうかと思った事も、少しの間様子を窺っていた事も事実なだけに、前言の撤回も訂正も僕としてはするべき理由が見付からない。
それならばせめて何等かの形で挽回するしか無いだろう。此処に三途川先生が居たら保身的だの何だのと精神的につつかれたかもしれないが、保健室に訪れてくれる数少ない生徒の一人である彼女を遠ざけてしまう未来は断固回避したい。


「その、…凄く真剣に服を見ていたから、何だか声を掛けづらくてね。でも休日に服を眺めている君は学校で会う時より何だか一層女の子らしくて、可愛いと思ったよ」


僕自身は洋服の色やデザイン、機能性などの一つ一つを迷い比べて吟味すると言う感覚と些か疎遠なだけに殊更鏑木さんのトルソーを見つめる姿が年頃の女の子らしさを醸していて微笑ましく思えた。
だからこそ放った台詞だったのだけれど、鏑木さんは遂に顔全体どころか首の肌まで薄く朱に染めるに至ってしまった。

さて、僕は一体どういった行動に出るのが正解なんだろう。
正直に言えば皆目見当もつかないけれど、一先ず彼女が体温の上昇から目眩だとかを起こさない内に傍らのファッションビルの中へ移動させて涼しい空気に当たらせてやるべきだろうか。何せ鏑木さんは七月の空の下、真っ赤な顔の儘で直立不動になってしまっているのだ。




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