text | ナノ
 
 濃ゆい珈琲の香りがする。
 珈琲の匂いは昔から好きだった。飲めもしないのに好きだった。その理由を今識った。

 「あれ…?」

 綱吉が差出人である手紙を他人の目に触れさせず届けるべく訪れた一軒家のリビングで漏らした声はあんまりにも頼りなかった。今、長い指に取っ手を絡め取られているカップから昇る湯気の方がよっぽどたくましいんじゃなかろうかと変な危機感を抱いて、しかし言い直すべき台詞では決して無かったので閉口しか選択出来ない。
 今や八どころか九頭身ではないかと思えるような高い背丈、長い手脚、美丈夫の面を取り戻したリボーンは土足の儘ソファーに腰掛け脚を組んで熱いエスプレッソを少しずつ飲みながらハルの呟きを綺麗に無視した。大方ハルの個性が本日も発揮されたと見当をつけ放置しているのだろう。彼は赤ん坊であった頃から獅子性質、つまり相手(――主に綱吉であったが――)を谷底に気安く蹴落とす割にアフターケアが無い男で、しかしながらそもそもの蹴落とし方の加減が絶妙なあまり(――未来の並盛において山本が修業をつけて貰った際の彼の達成感に満ちた顔を見た人物なら其れに気付くだろう――)決して反感を買う事の無い、何とも本人が得をする人格とカリスマ性を備えたチート教師であった。

 綱吉がボンゴレ十代目に就任して十五ヶ月が経過した現在、そのリボーンは殺し屋としての側面を色濃くしている。ボンゴレ本部には所用が無ければ現れなくなり、イタリア国内の港町に一軒家を買って自宅としつつ、各国の顧客と取引先と別荘の間を飛び回り、情報屋に近い仕事も請け負いながら着々と財産を貯めている。その金で別荘もとい拠点を増やし、より仕事の効率を上げ……。そのループ。
 かつて見た、女装をこなし様々な被り物を着て果てには半裸に近い天使像か何かのコスプレも披露したあのキュートな赤ん坊と本当に同一人物なのか、とハルは今の仕事漬けリボーンと逢う度毎回思う。こう言ってしまってはランボに失礼だが、シャツの胸元を開けたランボよりもきっちりスーツを着こなしたリボーンが更に破廉恥とはこれ如何に。この美形の何処に視線の焦点を絞れと云うのだ、とハルは今の色香漬けリボーンと逢う度毎回思う。最早、何かの詐欺に遭ったようだとさえ。

 そんなリボーンが好む珈琲はエスプレッソだ。濃ゆい香り。
 ハルは今、「リボーン」が「好む」珈琲の「香り」を初めてまともに嗅いだ。
 其れは、中学生だった綱吉の部屋の香りだった。換気を小まめにするのか、所謂生活の匂いはあまりしなかった綱吉の部屋。その中でいつも、微かに漂っていた芳ばしい香り。何処か珈琲に似ているなあと思っていて、だからハルは珈琲は飲めないけれど香りだけはどんどん好きになっていって、無糖のカフェラテが飲めて綱吉に猛進しなくなった今も、やはり珈琲の香りは好きな儘で。
 嗚呼、一体何の追憶を、今まで大事に慈しんで、?

 「どうした。突っ立って」

 あんなにキュートだった声はこんなダーティな低音に様変わり。口角だけを上げる笑い方は替わらないのに、円らだった瞳は狼か、でなくばそう、獅子、いや、黒豹……。ボルサリーノの鍔に隠れる眼光。
 きらきらした青春の瞬き、守ってきたちっぽけな嗜好、脳髄はどちらに飢えている?五感が本能を代弁しているのなら、今ソファーに座る殺し屋を見られない理由は?項が甘く痺れる理由は?初恋って何味?

 「ツナから連絡は貰ってるぞ、メッセンジャーご苦労だったな。別にモノを受け取って直ぐ追い返すような真似はしねえから心配するな。まあ、座れ」

 谷底に落ちたなら、真っ黒い珈琲で溺れちゃう。





20130617
呪解リボーンがイケメン過ぎて今年入ってからずっとつらい
因みにタイトルのガオーは獅子の鳴き声
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -