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太陽光線がじりじりと一点に集中しているような、何とも局所的な視線を頭部に感じる事五秒。漫画の中に登場する何処ぞの特殊機関に身を置く何とか隊員のような、遠くの気配までもを察知する事に長けた能力は流石に研磨出来てはいなかったが、近い距離から注がれる視線ならば寧ろ一般人より敏感に拾ってしまう。いい加減頭の左側が少しばかりむず痒くなってきたように思えて首を捻るとお互いの目線がばっちりかち合った。

夕刻の陽光がゆるりと射し込む教室内は明るい。斜めに入り込む橙色がかった光が等間隔で区切られた窓硝子の形に成って、席を疎らに照らす。
其の光の細い先端が届く一番端の列、後ろから三番目の椅子に腰掛けてペンを握る手を止めた儘でいた山本の睫毛が二回瞬き、果たして何を思ったのか些か罰が悪そうに瞳を横へ逸らした。惑うように下げられた眉尻に、今度はアーデルハイトが相手に視軸を定める。


「…何、」
「や、ちげーからな?サボってたとかぼーっとしてたんじゃなくて、公式思い出そうとしてただけだぜ?」


何を突然訳の分からない台詞を、と眉尻を上げそうになって、そこで初めてアーデルハイトの聴覚は野球部員らが練習に勤しむ声の幾つかを捉えた。
校庭から聴こえるボールの方向を教える声、促す声、何やら文句を言う声、専門用語らしき単語を紡ぐ声。どれもアーデルハイトには馴染みが無く、縁も無く、聞く機会の無いものばかりで直ぐに興味は失せた。野球を趣味としている薫に悪いとも思わなかった。アーデルハイトの関心は専らファミリーの復興と炎真の自立に向けられており、鍛練に精を出して皆を見守っている時が一番充実していると自分で思っていた。ジュリーが金を注ぎ込むギャンブルにも、らうじが構う幼子にも別段惹かれる要素は見出だせないのだ。
そこまで考えて、ふと、我に返る。


「…それならばさっさと課題を終わらせなさい。私も決して暇ではありません」
「はは、悪りーな。折角さっきあんたに解き方教わったのに、何でか行き詰まっちまってさ」


硝子ケースの中へこれ見よがしに置かれた玩具を欲しがる子供のような、目。それを窓の向こうへ投げかけていた山本の双眸が再び机上の答案用紙に向かった事を確認してから、アーデルハイトは彼女自身には珍しく机に頬杖をついて少しだけ背筋の力を抜いた。

綱吉との仲を深めた炎真は、綱吉の友人であり人懐こさのある山本ともそれなりに順調に交流を持ち始めていた。編入当初から薫を受け入れてくれていた山本にはアーデルハイトも好印象を持っていない訳ではなかったが、炎真の口から山本の勉強を見てくれと頼まれた時には流石に戸惑ったものだ。
数学の苦手な山本が補習にてこずる様子を見かねた炎真が頼る相手としてアーデルハイトを思い浮かべた事自体は誇らしくすらあるのだが、アーデルハイトはどうにも身内以外の前では頑なに素を隠してしまいたくなる所があった。特に山本のような、一見好感が持て、笑顔が柔らかく、しかし瞳の最奥は時折冷えるような相手の前では。山本の瞳は死を知っていた。
そんな相手と一対一での補習援助など、決して気を楽には出来ない。信用に足る相手であると分かってはいても、アーデルハイトにとって接点の薄い男と時間を共にする事はなかなかの難関だ。


「サンキューな、鈴木」
「炎真に頼まれただけよ」
「そうは言っても、断るっつー選択肢もあっただろ?炎真がよくあんたの事頼りなるって言ってっけど俺もそう思うぜ、この課題何とかなりそうな気がする」


夕焼けの空気が舞う。赤々と染まるカーテンのように毒されている気がしないでもない。伸びる影法師のように、数歩離れたところで捕まえられるのではと危惧する本能。ただの補習、の筈なのだけど。笑みを消した横顔は二つ在るのに、やはり山本の眼は冷えて見えた。

そうして今更になって気付くのは、目下プリントと向き合っている男の両目が、冷えていても濁ってはいないという事だった。自身の武器が他者の血液を吸った時の重みを知っている横顔、それに見覚えがあるのは、湯上がりにふと床へ視線を落としてしまっていた時の自分と似ているからだ。落ちる水滴が濁って見える錯覚。惑わされる。本当はきっと、心の根っこの深いところで綺麗なヒトで居たかった。
濁りを透かしたいと思うのは、潜められた牙を引っこ抜いて砕いてしまいたくなるのは女の性かしら。


「なあ、」
「…何」
「この式ってこっちのやり方で合ってる…、か?」
「……プリントを貸しなさい」


( まさかね。 )





20120317
t.
東の僕とサーカス

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