text | ナノ
 

 「お待たせ致しました」の声と共にテーブルへ置かれたものを見た瞬間に薄い青色の瞳が狼狽したように見えた。彼女が虫か何かでも見つけたような眼差しを注ぐ先にはアイスラテ。細長い筒状のグラスの中で下から順に黒、茶、少し薄い茶、そして真っ白な泡が層になっていて凄く美味しそうだ。アイスラテを飲む時、底まで刺さっているストローでかき混ぜて容器の中をブラウン一色にする瞬間は何故だか気分が弾んでしまう。自分の手元にある白いマグカップを見下ろして、俺もアイスにすれば良かったとさえ思った。
 だがどうした事か、キイチちゃんはそんな魅力的な飲み物を前に動かない。買い出しの帰り道、俺が喉の渇きを訴えれば喫茶店に寄ろうと確かに彼女は上機嫌で提案してくれたのに、俺が珈琲ショップを指した時に一瞬反応を無くした事にはあれれと思った。しかし次の瞬間には「仕方ありませんねぇ」と我が儘な子供をたしなめるようなあの口調で言うものだからお言葉に甘えて店の扉を潜った、のだけれど。

 「キイチちゃんさ〜、もしかしてと思ったけど珈琲苦手?」
 「、違いますぅ!キイチを何だと思ってるんですか、単に、今はこの珈琲の、香りを楽しんでたんですっ」

 びっくりした。両目の睫毛も忙しなく瞬く。だってキイチちゃんが、あの毒舌を流暢に吐き出し小馬鹿にした台詞を淀みなく並べて鼻で笑う顔が板についたキイチちゃんが(俺も俺で女の子相手にしては随分な言い様だなとは我ながら思う)、つっかえながらどうにか反論してきたのだ。珈琲の香りって、ホットで淹れた時に湯気で愉しむものだと思ってたのだけど。冷えた珈琲は舌で転がさないと香りが分かりにくいじゃないか。

 そして結局キイチちゃんは氷をカラカラと言わせながらグラスの中身をかき混ぜ、其処にスティックシュガー二本とシロップ二つを投入し、更によくよくかき混ぜ、意を決したような面持ちでストローを食んで一口飲み込んで、三秒ぐらい沈黙した後に「ちょっとクッキー買ってきます」と言って財布片手に席を立った。その細っこい背中が悔しそうな雰囲気を滲ませていて笑いそうになって、実際笑ってしまえば確実にキイチちゃんを怒らせるので頑張って堪えた。
 大方名前に惑わされたんだろうなあと一人で納得する。レジカウンターに置かれていたメニューには全ての商品が写真付きで載っている訳ではないし、確か彼女が頼んだドリンクはホワイトショコラ何とかラテといった名前だった筈だ。これなら飲めると思ったのだろうキイチちゃんの数秒前の頑張りを思い返すと微笑ましくてしょうがない、そうだよ、あの子まだ十五歳なんだから。こんな事を言えばやはり怒らせるのだろうけども、彼女には鎌よりフォークの方が似合いそうだ。






t.獣
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -