きっとハルは、駆け足で大人になるのだと思う。 ショートボブの似合う女が大人であるとは思わない。だけどわたしとハルの間に何年もの記憶と成長の差が聳えている以上、やはりハルは先に色々なものを取り込んで、様々な事を踏まえ、学び、理解し、受け入れてゆくに違いない。 もしもあの獄寺という男と所帯を持つ未来に辿り着き、尚且つ赤ん坊でも授かろうものならもう、コンビニのデザートコーナー前で三人揃って真剣に何味のゼリーを買うか悩んだりなんて、出来っこないんじゃないだろうか。そんな妙な心配さえ浮かんでしまう。 ユニとはきっと、やっていける。お昼のテレビに出ていたママ友だとか云う関係性にだって成ろうと思えば成れる、気もする。ユニとわたしの歩く速度には物凄く差が有る訳では無いだろうから、其の点について正直わたしは幾らか安心している。 「それでも、独りぼっちみたい」 口の中に入れた苺の飴玉を態と歯に当ててカラコロと鳴らしながら呟くと、ユニは少しだけ首を傾げてわたしの顔をまじまじと眺めてきた。 わたしの髪を結ってくれる時のハルも似たような表情をするけれど、今のユニの其れは雰囲気が少々違った。あたたかいミルクの入ったカップを両手で持った儘、ソーダ味の飴玉みたいな目をゆらゆらと揺らしている。 「ブルーベルは愛情深いのね」 「…ええ?どしたの、急に」 「独りだと思うのは、それだけあなたが私やハルさんの気持ちに寄り添ってくれてるからだわ。例えばあなたが言ったように、ハルさんが誰かと結婚したり、私とブルーベルが将来別々の高校や大学に通う事になったら、私達三人がそれぞれ自分だけで生きていく場面は今よりもっと増えると思う。それは自然な事で、……でも、そうね、寂しいです。喧嘩をしてしまうよりずっと穏やかで、なのに心細いわね」 そんな風に思う私が子供なのかしら、とユニは眉を寄せてミルクを一口飲んだけども、わたしはそうだとも違うとも言えずに居た。 このまま生きてゆけば、寂しいと泣く事も困難になるのか。其れを解っていながらわたしは何時かハルと同じ年齢になって、そして。 日常を形作ってゆく為の流れ全部を成長の糧にしなくちゃならないのなら、大人になる迄にわたしは一体どれ程胸を締め付けなくてはならないのだろう。それとも、大人になる迄には胸を痛めない方法を手に入れているのだろうか。 それならば私は大人になりたくない。ハルにも大人になって欲しくない。だってハルは、毎週日曜日の午後七時から放送している子供向けアニメが大好きで、そのアニメのとある映画版が再放送される度にテレビの前で正座して、毎回まったく同じシーンで涙して鼻を赤くしているのだ。そんなハルで居て欲しい。 「幸せな大人ってどういう生き物なんだろ」 「それなら、ハルさんがきっと、一番素敵なお手本なんじゃないかと思うけれど」 「ニュ、それすっごく分かる!」 ユニが少し自信ありげに言うものだから、わたしの中でも急に誇らしい気持ちがむくむくと沸いてきて、腕に抱いていたブルーベアのクッションを思いきり抱きしめてしまった。 ハルはきっと駆け足で大人に成る。もしかしたらある日いきなり「今日から獄寺ハルです!」なんて笑顔で言い切る日が来るかもしれない。ハルが駆けてゆくのをわたしもユニも止められないし、其れは寂しいし、独りになるような錯覚も相俟って彼女の掌のあたたかさはきっと何時までも忘れられないのだろう。 でもまあ、それでもいいか、なんて。 溜め息一つで何もかも新たには出来ないけれど、ハルがほっぺを赤く染めて笑顔を煌めかせてくれる為の手伝いならわたしとユニは何時だって率先して行ってしまうに違いない。 実の所、わたしの脳内に在る「憧れの女性ランキング」の一位は三浦ハルだったりする。大人じゃなくって、ハルみたいな女になりたい。そして十年経っても三人でコンビニに行って好きなゼリーを買って、分け合いっこをするのだ。 t:にやり |