だから不甲斐ない皮を脱いで | ナノ
 


 ずうっと前の話よ。そうね、あたしがダガーナイフと果物ナイフは意外と類似しているのだと気付いた頃かしら。そういえばあの頃は人間の脳味噌も電子レンジに放り込んだ生卵よろしく弾け飛ぶだなんて知らなかったわ。ましてや自分がそんなヘビーで斬新でB級ホラー映画が子供向けの娯楽品に思えるような、所謂ダーティーな殺戮人物に化けるだなんて思ってもいなかったけれど。
 でも今となっては少しだけ、大体三秒ぐらい考えればあたしが化けた理由なんか直ぐ目の前にぶら下がるの。答えは何時だって同じ、遠距離から対象を破壊すればあたしの髪や服や鞄は汚れないし化粧を直す羽目にだってならない。シンプルでしょう?ね、保身から生まれる人生の選択肢だって有るのよ。

 嗚呼いけない、話が逸れたわね。

 ええと何だったかしら、電子レンジと卵の話じゃない事だけは確かなんだけど。そうそう、あたしが刃物の用途を薄々理解し始めた頃ね。
 当時あたしは人が両手に二つの何かを持つ事は不可能だと思っていたの。一度抱え込んでしまったら其れが最終到達地点、もう他のものを持てやしないじゃない?指は十本有るし二本の腕も未使用だから良いとか、そういう事じゃあ、無いわ。違うのよ。右手に林檎を持っているなら左手には皮を剥く為のナイフを持つべきだって話でも無い。可能性の話なの。春の新作のワンピースと引き換えにお金が無くなるのはちょっとした悦びさえ伴うけれど、両手から可能性が根刮ぎ失せてしまったらあたしだって流石に困るわ。手提げ鞄を片手に生クリームたっぷりのクレープを頬張る事は何時だって出来るのだけどね。
 だから骸ちゃん、あたしはあなたに逢った時いよいよ世界は引っくり返るんだと思ったわ。

 だってあなた、小綺麗な槍を片手でしっかり携えた儘あたしに向かってもう片方の手を差し伸べてきたんだもの。ご丁寧に指先を揃えてまで。



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