その友情は手本に出来ない


商店街で見知った顔を見かけた。

「あ、ハル」

友達らしい女の子と一緒にお喋りしながら歩いている。
邪魔しちゃ悪いだろう。今日はマスクもしてるし、サンダルでコンビニの袋から猫缶を煩く鳴らしている男とハルが知り合いだなんて、お友達も良く思わないに違いない。

こんなときに声をかけるのも野暮だからと自分に言い訳をして、知らない振りで通り過ぎようとしたのに、ぱっと僕を見たハルに嫌な予感しかしなかった。

「松!」
「…………」

話しかけないでよ。ほらお友達がものすごく不審がってる。
心中お察しします。

アイコンタクトでなんとか分かれよと躍起になったが伝わるはずもなく、なぜか必死の形相で僕の前に回り込んだハルが額を地面に擦り付けた。

「松、このあいだ私、ごめん!この通りっ」
「……は」
「あんなつもりじゃなかったの。でもだんだん気持ち良くなっちゃって…その、下ろさなくても大丈夫、だったかな…」
「いろいろ誤解招いてるみたいだから取り敢えず土下座やめない?」

お友達めちゃくちゃ僕のこと睨んでるから。
ていうか往来の刺々しい視線も痛いから。

「お酒飲みすぎて、気分良くなって料理も頼みすぎて、財布の中身だけで足りたか心配だったんだろ、な?お金は、下ろさなくても大丈夫だったし、ちゃんと家まで送り届けてすぐ帰ったから、俺。な?」

ハルに言い聞かせているようで、ほとんどお友達に弁明している。
身分を明かすつもりでマスクをずり下げて、引きつった口許で笑みも作ってみる。

何もなかったから、ほんと。
自分のクソ童貞っぷりにただ打ちひしがれて帰ったから、ほんと。

お友達がギリリと壮絶に歯を食い縛る。
あ、やっぱりダメですか。

清楚系の大人しそうな子なのに、ハルの後ろからほとんど殺気のような無言の圧力をかけてくる。今なら視線だけで人を殺せそうだよ。
サドの素質あるよきみ。

ハルが救われた顔で僕を見上げた。

「ほんとに?」
「うん、ほんとに」

もうお金が足りたことなのか、僕が童貞貫いたことなのか、何に対しての『ほんと』なのか分からなくなってきた。取り敢えずは全部ほんとだよ。

「よかった、まじでとんでもない迷惑かけなかったか気が気じゃなくてさ。今度またゆっくり話そうよ」
「うん」

お友達の目が血走った。

「い、いや暫くは無理そうかも、」

お友達の額に浮かんだ怒りの畦道が、ブチブチと不穏な音をあげた。

どっちもダメなのかよ!僕どうすればいいの!
曖昧に呻く僕を気に止めず、ハルはいつも適当だもんね、とのんきなものだ。

じゃあまたどっかで、といつものフレーズを言い合って、それが常套だと察したお友達がもはやホラーで直視できない。

でも僕が一番怖かったのは、お友達に振り返ったハルに見せた、あの壮絶さを微塵も感じさせない爽やかな笑顔だった。


女の友情マジこえーと身に染みた平日の昼。大学生も案外暇そうだな。




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