まだまだ使いこなせません


思うに、世に猫の写真撮るの下手くそ選手権なるものがあったとしたら間違いなく優勝している。

こんなに愛くるしい彼らから、なぜバケモノが生まれてしまうのだろうか。

暗闇に浮かぶ悪魔の使者のようであったり、断末魔が聞こえそうな妖怪であったり、頭部から直接足の生えた謎の生物だったり、それからたまに誰も写っていないただの背景だったり。おかしい。僕は猫を撮っていたはずなのに。

ひとまず趣もクソもない風景画を削除すれば、カメラロールには猫と呼んでいいものか分かりかねる写真にハルの寝顔が埋もれている。当初の予定では戒めすら必要になる絶景ができあがるはずだったのに。予定では。

「これ呪われてないよねハル。大丈夫だよね」

いやさすがに元が可愛い猫だから平気だとは思うけど。被写体が猫だからという理由で残さざるを得ないデータが多すぎる。でもたまにちゃんと映ってるのもあるし、ほらこれとか、手前の鼻押しつけに来てるやつはぼやけてるけど奥でご飯中のはなんか綺麗に撮れてるし。小さく捉えた、こっちに向けた丸いケツには既に愛着がわいてきた。

「代わりに撮ってあげようか」
「え、いいよ……自分で撮る」

ぬっと横から伸びてきた指が残像の映った一枚を長押しで選択し、スクロールしながら目についたらしいものをタップしていく。なにをするための操作なのか、首を傾げて迷いなく選択範囲を広げていくのを見守っていると、カメラロールのほとんどを塗り替えたハルがこんなもんかな、と頷いたのでよく分からないままに、ふん?と返してみる。

「じゃあこの何らかの影が横切ってるあたりのは消してもいいんじゃない」
「けっ、だだだめ!やめて!」
「でも松、容量すぐいっぱいになっちゃうよこれじゃあ。あけとかないと」
「いやと、友達だから、なんか、だめでしょやっぱ」

撮らせていただいてる立場なのに、こっちの一存で必要不必要に分けるのはいかがなものかと思うというか。写真って魂うつすとか言うし、それで猫に嫌われたりでもしたらどうすんの。そしたら正真正銘、友達がハルだけになっちゃうからハルが結婚なんかして遠くに行くことになったとしてもついて行きますけどきっと。

「ハル、僕のこと嫁入り道具にしてくれんの…」
「それスマホの容量に関係ある話?」
「部屋の隅に丸まってるスペースだけあればいいから、あとは日に一回ハルから話しかけてくれればしあわせなかていってやつにもたぶん耐えられるから…」
「取り敢えず嫁ぐ予定はないしもう少し人権は与えたいと思うからSDカードとかクラウドとか、使ってみるのはどう?」
「え…えす…?俺ドラクエ派だから…」

でもハルがそっち派なら僕もやらなくはないけど。

ボタンひとつで削除宣告をされた写真たちは、ボタンひとつで解除され選択を外されてほっと息をついた。ていうか、一括でできたんだそれって!僕わざわざひとつずつ操作してた。

隣に座りなおしたハルはなんでかとても暖かい笑顔を向けて、難しいことは一旦置いとこうか、と別の操作を始めてしまって僕が変なことを言ったのか少し不安になる。
ともあれ、なんとなく話が噛み合っていないことは察せても僕にはまったくハルがしようとしていることが想像できないから、とにかく頷いておいた。

「じゃああとで整理しやすいようにフォルダ分けとこう」
「ふぉるだ?」

いやちょっとまた新しい単語がでてきたんだけど。やめてくんないかな、あんまり詰め込まれると頭パンクしそう…!

「まずは私がやったげるから、松はよく見ててね」
「は、はい…っ」
「…ねえ松、余計なお世話だろうけど…いや分かってるだろうけど可愛い子猫がいるからとかなんとか言われても知らない人にはついて行かないようにね」
「え、うん……え、あたりまえじゃないの」
「だよねうんごめん、なんか急に心配になっちゃって」

とり繕うように笑うハルにいいけど、と言いつつ唇を尖らせる。
いくら僕が社会生活にそぐわないクソニートしてるからって、そのくらいの常識は身についてるつもりだしまず子供じゃないし。むしろ僕が不審者側にならないかの心配ではないんた。
でもそれはそれとしてハルが気にかけてくれるのはちょっと嬉しいから…嘘、かなり嬉しいから、立てて座っていた両膝を引き寄せて抱きしめた。ぎゅうと力を込めて高揚を逃がすために足の指もぐーぱーさせる。

「はい、友達用のフォルダね、つくったから」
「んむ、うん…ふたつある…」
「そう、綺麗に撮れたのと…しっぱ、じゃなくてブレちゃったのと分けておくのよ」

実践して手順をみせてくれるハルが作製したフォルダには″友達″と″友達(仮の姿)″とそれぞれタイトルがつけられて、ハルによってふるいにかけられ分別された。仮の姿とは言い得て妙だなと、ひとところに詰め込まれた可愛さとは無縁の謎の生き物たちをながめてから、綺麗に撮れたほうのフォルダも開く。開いてみて、その数の少なさに早くも挫折の文字がチラついたけれど、あ、と猫の写真のなかに紛れたハルの寝顔に気が付いてむず痒い。どこが痒いのか分からないのがもどかしいけど手の届かないどこかがむずむずする。

だってあたりまえみたいに″友達″用のフォルダにハルがいる!
しかもこれなら絶景が拝める!拝めてる!

こうして比較したらやっぱり写真の出来にエグいくらいの差があってはやく友達の真の姿を収められるように練習しなければと心新たに誓う。ある程度、技術が向上すればセンスどうのこうのはまあ、なんとかなるでしょ。

ひとまずはストイックに取扱説明書を読み込むことから始めようと思う。



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