あの子は誰の知り合いぞ


今日はめっぽう天気がよくて、あ、勝てる。今日いける。その直感を信じて行きつけのパチンコ店にいざ挑まんとしたら、可愛い女の子の声に蔑まれた。

「あれ、松じゃん。昼間からパチ屋とかクズぅ」
「え?君だれ?」
「このハルちゃんに向かって随分な口のきき方ね、…あれ、なんか松、雰囲気ちがくない?イメチェンしたの」
「いや確かに僕は松だけど、君とは初めて会ったよ」


だってこんな可愛い子なら忘れるはずないもの。
おおかた、兄さんたちの誰かと間違えてるんだ。

「まさか他人の空似?松って兄弟いたっけ…」
「僕たち兄弟そっくりだから」

6人分同じ顔が並ぶよ。
それにしてもいったい兄さんたちの誰なの!?女の子を独り占めしようとして…!
なんかすごい親しげだし。


「まさか、かっ…?!」
「蚊?」

…のじょ、なんてことはないよね、そうだよねきっと!
あのクソ童貞どもが抜け駆けして彼女だなんて…!

「あ、バイトの時間ヤバい」
「ちょちょっと待って!なに松!?なに松なの!?それだけ教えてから去っていって!」
「むしろ何人松がいるの!あぁごめんなさいそれじゃあ」

神は無情。伸ばした腕が虚しく空を切って、僕は松野家に回れ右をした。
パチンコぉ?んなことやってられっかぁっ!!


「兄さんたちーっ全員集合おぉっ!」

「なになに、ドリフやんの?」
「ネタが古いよおそ松兄さん」
「カラ松ガールズが俺を呼んでいるというのに、いったいどうしたんだ」
「…黙れよクソ松」
「トッティおかえりー!」

「兄さんたち、ちょっとそこ座って!」


うるさいほど賑やかに出迎えたクズニートを居間に押し込んで、仁王立ちで見下ろした。自分の事は棚に上げる、それが人間の性だよ。
一人一人の冴えない顔を見渡す。この中の誰があのハルちゃんとやらと親しくしているんだ羨ましい!

「あのさぁ、誰か僕たちに隠し事してない?」
「なに言ってんだ競馬で負けたばっかだぞ、金なんか持ってねぇよ」
「金じゃないよ。たとえばさ、そう、最近女の子といいかんじになったとか」

空気が凍って、家中に雄叫びが轟いた。

「はーっ!?」
「フッ、俺が求めているのは心のオアシスだけさ」
「マジ!?彼女!?彼女!?」
「……ブーッ!」
「ちょっと一松兄さん汚いなぁ」
「い、いやわりぃ…」

混乱を呈した兄達に事の顛末を説明すると、揃いもそろって兄弟を蹴落とす般若に変貌する。
さすが6つ子、皆考えることは同じだ。

「ハルちゃんって言ってた。松、松って可愛い声で呼んじゃってさ」
「…ブーーッ!」
「だから汚いよ一松兄さん」
「ごほっ…わ、わりぃ」
「汗もすごいよ」
「なんでもねぇよ」

さっさと誰なのか白状した方が身のためだよ。お互いがお互いに睨みをきかせて、おそ松兄さんとチョロ松兄さんが胸ぐらを掴み始めた。これじゃあ拉致があかない。
そう、いいことを思い付いた。

制止の声と共に掲げたスマートフォン、兄達の視線が一斉にこれに集まる。

「みんなスマホ出して。皆でハルちゃんの名前が登録されてないか調べあえばいいんだよ」
「おいトド松、ブライバシーは無視かよ!」
「今更だよチョロ松兄さん」
「いい考えじゃん。お前ら嘘つくなよ」
「はーい!」
「お、俺は誰かれ構わず登録したりしないのさ、心が通じ合って、」
「いいから貸せよカラ松」
「あぁっ…!」
「…………」
「ほら、一松兄さんも」
「……けっ」


おいカラ松無意味に『†』つけんのやめろよ。ねーねーにゃーちゃんLINE公式アカってなーにー。おそ松サムネ俺が相応しい物に変えてやろうか。十四松整理くらいしたら見づらすぎる。
ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい、結局なにしても煩くなるんだよねと肩をすくめて、一松兄さんのスマホを拝借。
うわー…、そうだろうとは思ってたけど、マジで親兄弟の連絡先しか入ってないよこの人。引くわー。

一松兄さんは疑う余地もなかったなと半ば奪われるようにスマホを返して、僕のも投げ返される。てか、僕のけっこう登録してあるのに、同じタイミングで見終わるのおかしいでしょ。絶対適当に終わらせたな。
まあ、言い出しっぺの僕のスマホに登録されてないのは明らかだからいいんだけど。

皆はどうだろう。視線を向けると、皆一様に首を振って、いよいよ意味が分からなくなる。
あの子の言った松は、いったい誰のことだったんだろう。
真実は藪の中。

あ、いま僕、文学青年をにおわせちゃった、てへぺろっ。




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