まだまだです


手羽先をはじめ、だし巻き玉子に串焼き揚げ物、焼き魚…これなんだろ、ほっけ?なんかがテーブルに並ぶ。ハルと居酒屋って久しぶりな気がする。
しかも、バイト帰りだというハルと偶然行き会って、なんてほんとにいつ振りだろう。次にいつ会えるか分からないような状態で、あの頃の僕はよく精神衛生保ててたと思うよ、全然ちょうど良くねぇわ。今や肌身離さずスマホを持ち歩いてるというのに。

「…それで、どこの上司が?」
「今日のは客がクソ」
「そう」

ここまで話を促したら、あとは僕は聞き役に徹するのみだ。実際、ほとんど話の内容は聞いてないようなものだけど。
空きっ腹に躊躇なく酒をあおるハルのほうにそれとなく料理を寄せると、手羽先だけは押し戻されてきた。ああ、うん、ありがと。
すでに目が据わってるのに僕の好物は考慮してくれるんですね。大丈夫ですよ僕も遠慮しないで食べるから。でもうん、ありがと。ハルすき。

追加の注文を、とベルを鳴らすと以前にも見たことのあるような店員が顔を出し、口ほどにものを言う目が僕とハルをひと舐めしてから訳知り顔で注文をとっていく。どこぞのヒモ男がまた、とでも思っているのだろうが、頓珍漢な所感を広げることくらい好きにすればいい。ハルの財布で食うことには変わりないクズだし。

「それでね…」
「へぇ」
「私はさ…」
「そう」
「そうなの。あ、松あーん」
「あー……ぐうぇっ?!」
「はい松あーん」
「まて、だめ、没収」
「や」
「次やったら絶対刺さるでしょそれ」

迫ってきてんだよ箸が喉ちんこまで!
酔った勢いで串刺しにされては堪ったものではないので有無を言わさず箸を奪い取る。
料理は僕が口に放り込んであげるからハルは愚痴のお喋りだけしてて。頼むから。

介護の心待ちで、左手で手羽先をつまみながら右手でハルが言うところの餌付けをはじめたけれど、なかなかどうしてこれは都合が良かった。酔っ払いにありがちの話がループしそうにったら、適当に食べさせてやれば飲み込んだあとには違う話に切り替わっているのだ。

「それでね、松…」
「はい、あーんしてハル」
「私はさあーん……おいしい」
「よかったね」

これなら相槌にバリエーションもでるし、ハルの機嫌が早々に良くなれば飲み過ぎも解消できるんじゃない。

「どこまで話したっけぇ」
「そうだね」
「ていうか松さあ…」
「え、俺?」

これしきのことでハルをコントロールしている気になっていて、ここでクソ客の愚痴から矛先が僕に向くとは思いもよらなかった。咎めるような語調で人差し指を突きつけてくるハルは、きっとクズでゴミな僕に不満を募らせていたに違いない。ハルの財布をあてにすることに抵抗がないクソニートには思い当たる節が多すぎて、思わず飛び出した猫耳が力なく垂れる。

「松はさあ、ねこちゃんには素直でにゃんにゃんじゃん」
「う…うん?」
「そうなの、そうなの、にゃーなのーってさぁ」
「俺…そんなこと言って、ない……よね?」
「松は私よりねこちゃんのほうがいいんだもんね」
「えっ、いや…」
「私はこんなにかわいがってるのに」

え、なくない?友達に順番とかなくない?
そりゃあ猫は可愛いよ。でもハルだって決して可愛くないと思ってるわけじゃないし。だってそれ僕が言ったらキモいでしょ、ねえ。

そして僕ははっとする。ハルの交友関係の広さは僕の比なんかではない。まず関わりのある人間の数が冗談ではなく桁違いなのだ。その中にいたら、ドライモンスターみたいにフワッと順位つけちゃうもんなの?僕なんか最下位まったなしじゃん。
もっと、猫を相手にするみたいに接したほうが良かった?猫の仕草とか駆使して、ハルがいないと僕死ぬからってアピールする?

ハルと目が合ったときに、ゆっくりと瞬きをしてみる。

「なに、ねむいの?」

違う、そうじゃない。
酔っ払いの説教をはじめそうなハルに、僕はこんなに落ち着いてるよと生あくびをする。

「ねむいの?だから」

そうじゃないの。
ケツからピンと天井に向かって伸びた尻尾に、ハルは気付いているだろうか。席を立ってハル側にまわり、これが猫らしい表現だろうとずつきをかました。

「いっ……!ケンカ売ってる?」
「…こめんなさい」

だめだぜんっぜん伝わんねぇ!僕には僕のペースがあるわりに頑張ったと思うんだけど!?
そこ評価して貰ってもいいですか。だめですよね。
すごすごと元の場所に退散して、とっくに温くなったビールをすする。いつもより一段と進みが遅いけど、いらない気を使ったせいで少しふわふわしている。

ハルの交友関係、暫定最下位の僕にこれ以上はもう無理だからね。にゃーなのはない。え、僕ほんとにそんな…?ハルが適当なこと言ってんじゃないの?
それにほら、僕が言う必要なくない?そうだよ代わりにちやほやしてくれるやつハルにはいっぱいいるし。というか、僕は最下位のくせにこんなにハルに構ってもらってるんだよね。それで十分だし、上を目指すなんてゴミには荷が重い。まず猫たちと同じように可愛がっても僕が愛でてるのに気付かないよそんなんじゃ。

私には松に懐かれているという矜持が…と僕から盗んだ温いビールを顔を顰めながら飲んでいるハルにだし巻き玉子をふたつほど詰めた。欲張りすぎたハムスターみたいでおもしろい。あ、違ったかわいいかわいい。

「とりあえず人間のと、友達はハルだけ…だし、それでよくない?」
「もごもご…なにが?いいよ」
「だからハルも俺のこと…ランキングから落とさないでね」
「…なんの?」
「ハルの…」
「んー?いいよ、松は外れないよ」
「男ができても?どうせそっちにばっか行くようになるよ」

ビールを取り返して憎まれ口を誤魔化すように長い一口をすすった。

「松もおとこだけど」
「ハル、揚げ足取りってしってる?」
「しらなーい」
「じゃあいま覚えて」

間延びした声でやる気なく応えたハルがまた引き寄せようとするからグラスを握りしめ、ハル用にもう一杯ビールを注文する。去ろうとした店員にてばさきも、と追加したハルが、僕を見て首をがっくりと下げた。たぶん頭の重さに負けている。

「こんごとも変わらぬおつきあいのほど、よろしくおねがいします」
「針千本飲ますよ」
「ゆびきり?」
「はやく」
「じゃあ私は鉈、よういしとくね」
「いやなんで」
「エンコするならさ」
「いやいやおかしいでしょ指切り違いもいいとこですけど」

しかも針千本より生々しいから怖いからやめて。なんなの任侠映画にでもはまってんの。

「お、俺はだいじょうぶ。諦めてるから。来世来世」
「それは安心…していいの?」
「ひひっ。してして」

でもあるに越したことはないよね、などと言い出すハルに今度は何を突っ込むべきかと僕は箸を彷徨わせた。




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