やり方が分かりません


「友達のやり方が分からない?」

私のオウム返しを重く受けとめた松が、唇をわなわな震わせながら蹲ったままうんともすんとも言わなくなった。豆腐メンタルもここまでくると感嘆ものである。たびたび思うけれど、これ成人したお兄さんで間違いないのよね?

控えめに肩を揺すってみたら腕で顔を覆って頑として丸くなる攻撃をやめない構えだ。このあざとさ、やり手だな。

なんて酒の肴にしてる場合じゃなくて、今回ばかりは解せぬというほかはないと思う。なにせ、絶賛宅飲みを実施中なのだから。今までのご相伴とはちょっと違う。
いろんなお酒とおつまみを持ち寄るとか、友人間での楽しい催し事でしょうどう考えても。なんなら友人というカテゴリーに階級があるとして、宅飲みをする相手はかなり上位にいると思うのだけど。やだ私の認識に齟齬があったのかしら。
いやそんなわけあるかって。

「友達にやり方があってたまるか」

酔っ払いにマジレスしてしまった。
ハウツーフレンドシップなんてものがあるなら、私だって拝んでみたい。
返事の代わりに鼻水を啜る音が聞こえる。

一応、松が愛してやまないドクペも用意してるんだけど、それはまだ日の目を見ずに冷やされている。だって松ってば私が注いで渡したコップ、酔いが回るほど落とさないように両手でぎゅっと持つんだもの。しかも私があげたカーディガン着てきて、健気に袖を気にして伸ばしてるとかさ。

幼女かよ。大丈夫、口には出さずに我慢したから。

「まつー、」
「……だって俺、だって」
「しゃべった」
「猫しかいなかったし、ハルしかいないし」
「オンリーワン?」
「…オンリーワン」
「松も私のオンリーワンだよ、唯一松」
「でも、だって」
「だだっこ幼女かよ」

我慢した矢先に、思わずだってもへちまもないのよ、と続けてしまいそうになった私の失言は若干の沈黙を経ていつもの発作だとスルーして貰えたみたいだ。セーフ。
ぐずりと鼻を鳴らして、松の主張は丸くなる攻撃からごめん寝くらいに緩和されている。

「だって…ハルねこじゃらし振っても遊ばないじゃん」
「猫じゃないからね。そこの区別はしてよせめて」
「喉もなでさせてくれない」
「首元弱くて、ごめんっていやだから猫じゃねーから」
「じゃあケツたたいたら気持ちい?」
「猫でもMでもないんで…」
「……もうねぇんだけどぉ俺できることぉ…!」
「酎ハイ買ってきてくれたじゃん私の好きなやつ。うんまー」
「ハルが買ってこいっつったんだろおお」
「そうだったかなー。ほら、それくらいのワガママは言っていいのよっていう見本でね、見本」

久々に松を介抱する側になったけどこれじゃあ、ひたすら餌付けされてるほうが楽かもしれない。いつも送ったりタクシーに突っ込んでくれる松って実は面倒見いいのね。いまは幼女でしかないけど。
私もお気に入りの銘柄どおりいい感じにほろ酔いだし、家で飲むと気が緩んでお酒のまわりがはやいからもう相手するのが面倒になってきてる。

…松も、私んちだから気を許してこんなぐでぐでになってんなら、それはそれで悪くはないか。


「おっとっと」

食べたいわけじゃなくて、ちょっとふらついただけよ。そろそろドクペで鎮静させておきたくて。
松にアピールを兼ねてプシッと炭酸をきかせてキャップをあける。

「まつ、これなーんだ。じゃーんドクペでーす!」
「………」
「あれ、いらないの?うそでしょ」
「ハルはそうやってえええ…!おれにできないことを平然とやってのけるうぅ゙…!」
「なになに、なんなの…。そこにしびれる?あこがれる?」

そこまで言うとプルプル震えた松がごめん寝の体勢をついに崩して、私の膝まで這いつくばってよじ登る。しびれた、と鼻声が返ってきたけど、きっとそれは足のことだろう。
私の腰にしがみついたまま器用にドクペを飲み干した松くんの中では、これ以上にどんな友達らしいことができないことになってるんだろうか。

「うんまあ、とりあえず私、松なら大抵のことは美味しくいただけると思うけど」
「あざーす…」
「だってうちら仲良しじゃん」
「……あざーす」

私の腹を抉る勢いで顔を押し付けたあと、いきなり糸が切れたみたいに松は眠りこけてしまった。え、ここで?ぜったい寝辛いと思うんだけど。
仕方ないからその辺に転がして毛布でも掛けてやって、ああ食い散らかして飲み散らかした片付けが残っている。ここまで脳みそを動かして、急激な拒否反応に抗えずにテーブルに頭を落とした私は、全てを明日の私に任せてさよなら世界、と呟いた。


翌日、飛び起きた松がいっちょ前に服を着てるか確認してるもんだから笑い転げた私は直後、この世のものとは思えない足のしびれに悶絶したのだった。

「ヒヒ、ざまぁみろ」
「今後、膝枕のおかわりがしたければ私をベッドまで運ぶことね」
「はい喜んでぇ。あー頭いてぇ」
「こっちは体バキバキよ」

気分よくお姫様抱っこで連れて行かれたベッドに沈むと、まだまだ惰眠を貪れそうだ。時計を見ている松にまだ寝てけば?と提案する。

「んー、うん」
「場所あけたげるから」
「俺こっち側ね。ハルはあっち」
「ちょちょちょっ」

足しびれてるって言ってんのに私を押しやって、思い出したようにカーディガンを脱いで几帳面にたたんでから右側におさまってきた。何の順?なんか決まり事でもあんの?

「こっち側じゃないと落ち着かないっていうか」
「ふーん」

人間ゆたんぽ最高にあったかいから、松がそれでいいならまあいっか。大衆向けのルールブックがあったところで結局は私と松のやり方におさまってくんだろうから。




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