知り合いなりに

一松の手が頬に触れて、そっと手を重ねる。そのまま彼のぬくもりが首筋へ滑り込んで、優しい手つきで髪をすいていく。背筋に甘い痺れが広がる。くすぐったさに身を委ねながら、彼の胸元に顔を埋めると飽きもせずに指通りを楽しむ一松は私の耳元に唇をよせて、そして囁くのだ、愛の言葉を。



「っていうね、夢を見たのよ!」

何を話し出すかと思えば、これだ。屋台ラーメンを掻き込む。

「あ、そ」
「ほんと何あれ!あんな松いやなんだけど」
「俺もいやだよ」

ハルは僕のことを松と呼ぶ。兄弟と一緒にいたら一生縁のない呼び名だと、会う度に思う。
だって家族そろって松なんだからややこしくて仕方がないでしょ。
ハルは僕が6つ子だってことを知らないから、僕にとっては皆の松でもハルにとっては僕だけを指す呼び名ということだ。その不思議な感覚が、僕は嫌いじゃない。

「ていうか、ひとの夢の中まで自分の行動に責任持てないし」
「現実でも持ててないじゃない。でもそうね、やっぱりクズでニートで根暗で卑屈で生きる気力のない燃えないゴミじゃないと松らしくないもんね」
「ちょっとこいつ殴ってもいいですかね」

隣でビールを煽ったハルにつられて自分のジョッキをあけて、弱いなりに2杯目にちびりと口をつける。

「松、それで終わりね」
「え、もう帰んの?」
「明日はやいの。大将、ごちそうさま。2人分で」

財布を取り出すハルを横目に、またちびりとビールを舐めとる。ハルの愚痴に付き合うつもりで頼んだのに、余計な1杯になってしまった。
一気に流し込んだら突っ伏す、絶対に。適当に飲んで僕も帰ろう。
力の加減が掴めない手もとがおぼつかなくて、ジョッキを両手で挟んだ。そんな僕をハルが何とも言えない顔で見てくる。

「松って、ほんとギャップの塊だよね」
「なにそれ。うけるんですけどー…」
「酔ってる酔ってる」


僕は1銭も支払わない。ええ、クズですよ。
でもハルと僕はぎりぎりギブアンドテイクだから。
1人寂しく呑むハルに付き合う、そのお礼に奢ってもらう。ほら、ウィンウィンでしょ。

「じゃ、またどっかで会ったらよろしく」
「うん。ごちそーさま。あー…気ぃつけて」
「あれ、珍しく優しい」
「俺はいつでも優しいよ」
「さよか。じゃ、また」
「うん、また」

どっかで、と帰り際に言い合うのがお決まりになっている。僕達は特別会う約束をしたりしないから。
どちらかが1人で暇そうにしているところにたまたま行き合って、気が向いたらこうして飲み食いする、そんな間柄だ。
それでも月に2、3回はこの妙な食事会を開いているから、ヘタしたらその辺の社会人が友達と約束を取り付けるより頻繁にハルと会っているかもしれない。

じゃあ、僕とハルは友達?

ふと過った疑問を、ちびちびと啜ったビールと一緒に飲み下した。


「そんなわけない」

ほとんど中身が残ったままのジョッキを置いて、僕も席を立った。
どうせまたふらふら散歩してたら行き合うことになると確信を抱けるくらいには、知り合いなりに信頼している。
相手の都合はとか、気負わなくていい楽な付き合いが気に入ってもいる。


いつか、知り合いの上に昇格できることはあるんだろうか。


僕達は、お互いの連絡先を知らない。




チビ太のおでん屋台には兄弟にバレるから行かない。



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