日常系の安心感


あのあと公園で時間を潰してからハルの要望通り飲み屋に入って、めちゃくちゃ愚痴聞いた。さしもの僕も疲れました。あの日、間違いなく僕は人生でいちばん相づちを打った。


「だいぶ仲良くなりましたねハルさん」
「ね。はやく抱っこしたいなーうりうり」
「ちょっと気を許したからって馴れ馴れしく私を抱かないでっ」
「あれ女の子だっけ、この子」
「オス」
「……」
「すいません、何か言ってハルさん」

僕の隣で、ハルが猫に人差し指を伸ばしている。
勝手に悩んで落ち込んでいた僕が勝手にハルに助けてもらった日を境に、僕たちはまた以前のような頻度で顔を合わせている。あれはぜんぶ僕の空回りで終わったことで、ハルがハルのままでいてくれてよかったと思う。だから僕はまだ生きてる。

何か変わったといえば、この公園に立ち寄ることが気持ち増えたかな、というくらい。交流を深めるのは僕としても歓迎したいんだけど、親友にははやいとこ別の場所にお気に入りを見つけて欲しいというか。
いかんせん嫌な記憶が…。うっ、頭が…。

「え、松…?ごめん今からコメントするから落ち込まないで」
「あ、ああ、…だいじょうぶ忘れて。ハルが抱っこできるまでは先が長いなって打ちひしがれてただけ」
「それ頭抱えるほど深刻なこと?」
「まだ撫でれてもないのに余裕だよね」

指伸ばしたらやっと鼻先つくくらいでしょ、ハルから触ろうとすると躱すもんね。ああ、次は煮干しでも持ってこようか、ハルの手からあげさせればもう少しぎこちなくなくなるかも。

僕が手招くと、親友がとっとこ近付いてくる。ハルが羨ましそうに、むしろ恨めしそうに見てるからさ、そろそろサービスお願いしますよ。
軽く頭を撫でてやったら、ノラらしく抜け毛がすごい。たぶん今日もこのあと飯食いに行くんだろうから、袖口くらいは毛から守っておこうかときっちり袖を折って捲ってから構い倒していると隣からくぐもった声が漏れ聞こえてきたので、ハルの興味はこのもふもふから僕に移ったらしい。…嬉しいとか、そういうわけじゃないけど。ハルには、はやく僕の親友と仲良くなってほしいし。


「ふとした時のクズから滲み出る真面目さって引き立つね」
「なに言ってんの」

唇を噛みしめて何かを堪えるハルが何をお気に召したのかはしらないけど、どうせ主張されても僕には理解できないから聞くだけ無駄だ。

「…ハルって誉めてんのか貶してんのかよく分かんないよね。もっと分かりやすく蔑んでもいいんですよ」
「いまのはー、ほめたんです」
「お、…俺に誉められるとこがあるとは思えないけど」
「萌えるとこはいっぱいあるけどね」
「ハル、ダヨーンの刑にされたい?」
「だれ?」

ハル、ダヨーン知らないの。街のいたる所にばらまかれてるから、きっと見かけたことはあると思うけど。
こういうおっさん、とほっぺたを伸ばしてみせてやったら、いただきました、と明後日のこたえが返ってきたから即座にやめてハルのほっぺたを代わりに伸ばしてやった。や、やわらかい…。

「…よく伸びる」
「やめれ」
「いいね。ダヨーン族のほっぺには負けるけど」
「ねえ、なんで不本意な勝負させられて負けたのわたし」

なんか悔しいけど勝っても素直に喜べない勝負な気がする、と不毛な葛藤をはじめるとハルは長いから、強引に腹へった、と切り替えさせた。親友も寝床に行きたそうだし。
無事に毛まみれから守られた袖の片方を下ろしきったところで、ハルから映画監督みたいなストップがかかる。片方だけ袖が捲られてるの、落ち着かないんだけど。

「うーん、雄みも捨てがたいかも」
「おすみ…?………俺、用済みってこと」
「ノンノン、松には搾っても搾りきれない出汁があるから。自信もって」
「なにそれ怖いんだけど」

それから平然とカラ松語混ぜんのやめてくんないかな。無意識にどついちゃったらどうすん、の…。
それまでは、ろくに日のもとに晒されない自分の生っ白い手首が目障りだな、くらいにしか思ってなかったのに、その事実に気付いた瞬間、僕は全身に鳥肌がたった。
これ猫カフェ行ったときハルに強請られたやつ!カラ松ファッションなんて頑なに拒否ってたのに!僕いまカラ松ボーイになってたとか神よ…おお神よ…。
くそっ。ハルにこれ以上クソ松を刷り込んでたまるか。

「あ、あっ…下ろしちゃうのもったいない…」
「もったいなくない」
「もったいないオバケでるよ」
「でない」
「…松の今後に期待」
「二度とないと思って」
「………」
「……」
「…………」
「…ハル?」
「……………………」
「…………お、怒った…?ごめ…」
「これだからやめられない」
「え?」
「とまらない」
「…かっぱえびせん?」
「食べたいの?」
「べつに」

とりあえず、ハルの頭からクソ松関連は抜け落ちたってことでいいのかな。もう浮上しなくていいよ。




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