意気地がないそれ以前に


僕の目の前に、二枚の紙切れが差し出されている。

『猫カフェ "天使のしっぽ" おやつ無料券』

その鮮やかな地色の中に猫という文字をとらえて、知らぬ間に手を伸ばしていた。

「なにこれ。どうしたのチョロ松兄さん」
「近所のおばさんに貰ったんだよ。福引きで当たったらしいんだけど、使うのお前くらいだろ」

自室のソファで親友を膝に抱いて、お洒落に彩られたおやつ無料券をひとしきり矯めつ眇めつする。恐らく予想から外れていないだろう二枚一組の意図に恨めしさが滲み出た。
華やかさを売りにした猫カフェには、それこそリア充や今時の女の子たちが行って然るべきで、僕みたいなぼっちのゴミ人間は端から拒絶されている。

「ほら、あの子、ハルちゃんと行ってきなよ」
「いい。行かないし、いらない」
「え、なんだよ。これがもしにゃーちゃんのライブチケットなら僕絶っ対行ってるけどなあ」
「比べる次元が違うんだよ」

下がり眉を余計に下げて、意味わからんと腕を組むチョロ松兄さんから顔を逸らす。

そもそも店側が二枚で一組の景品にした意味を考えろよ。一度に二枚の券を消費できるリア充ズッ友が猫と戯れる印象の良い演出を期待してんだろ、お呼びじゃないんですよ僕みたいなのは!
自分だって女の子誘っては行けないくせにでかい口叩かないで貰えますかね。
それに。それに…。

「あいつ、犬派だし」
「え、ええええ!なに言ってんだよ一松。お前が女の子にできる話題、猫しかないのに!?え、ほかにある!?」
「けっ…余計なお世話。…俺たいていは聞き役だから」

傷口に塩塗り込んでくれてんじゃねえよ…!
僕もちょっと、いや結構ショックだったよハルに僕発信でできる話なんて、チョロ松兄さんの言う通り猫くらいしかないから。
ハルもハルでなんか、猫に興味ありげな素振りで僕に接したりするから、親友の可愛い仕草のあれこれを説いてみたりして、相変わらず親友はハルのことを少し警戒するけど、仲良くなったら一緒に撫でたい。とか、そんなことを夢見ていたりしたのに、僕の親友自慢を相槌を打ちながら楽しげに聞いていたハルは、松の親友かわいいね、と言ってくれたあとに無情な言葉を放ったんだ。「私犬派だけどね!」って。それは僕が見るには眩しすぎる良い笑顔だったから、「そう」としか返せなかったよね。
その時の僕の気持ち、チョロ松兄さんに分かるっていうの。

それなのに、性懲りもなくハルを猫まみれの場所に連れていくなんて僕には出来ない。


「い、一松?急に黙るなよ怖いだろ」
「……………」
「ほら、ハルちゃんもさ、たまに一松から誘って貰えたら嬉しいんじゃないかなー、って」
「……………」
「なんかごめん」

から笑いで後ろ頭をがりがり掻いたチョロ松兄さんが気まずそうに目を泳がせる。良かれと思って無料券をくれたのは分かっているつもりだ。
なあなあに終わらせた六つ子会議以降、こいつらはいやに協力的な姿勢を見せるけれど、だからといって進言を全て聞き入れるかというのは別の話。

「どっちにしろそれはやるから、どうするかは一松が決めなよ」

そんなこと、決めるまでもないよ。
チョロ松兄さんが襖を閉めるまでを見届けて、僕は印刷面を内側にぐしゃぐしゃに握り潰す。ほんの一瞬、惜しく思ってしまった自分の愚図さに失笑して、それをごみ箱に投げ入れた。
親友が青いメガネのような模様を僕に向けて一声鳴く。応える代わりに頭を撫でてやって、こいつがもうエスパーではないことを心底に感謝した。




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