無理なものは無理


その日、件の公園で僕をみとめたハルは、静かにその場に額付いた。

いやほんとそういうのいいから。ていうか赤塚区、土下座はやってんの?

「一度ならず二度までも大変ご迷惑をおかけしました」
「俺が送ったってのは覚えてんの」
「うんまあ、なんとなくは」
「あっそ」

あれからひと月は経っていて、ハルと合うのは久しく感じる。別に、気まずかったとか余計な私情のせいではなくて、単にハルもそう頻繁に飲み歩いてるわけではないから、今までだって長く顔を合わせないことは何度かあった。
だからもう細かなところは記憶に薄いし、重要なのはそこじゃないよハル。
思いきり額を擦り付けるハルを立ち上がらせて、砂利を払ってやる。おでこ、赤くなってるじゃん。

「だいぶ酒に呑まれてたからね」
「うっ。松とたくさん喋ったのはちゃんと覚えてるよ。いつもより饒舌だった」
「そ」

そうそれだよハルよくやった。今回ばかりはハルの無鉄砲な飲み方を褒めてやりたい。
僕の思惑通り六つ子との邂逅は果たされていないことになっている。あの日ハルと飲んだのは僕で、おでんを食べたのは僕で、酒を注いだのも僕、彼女の中でそう改竄されている。
これで吐き気にも似た煩悶から解放された。

「なに、その反応。まさか私とんでもない失態犯した…!?」
「さあ」
「あんたのそういうとこほんとムカつく!」
「ていうかなんであそこにいたの。いつもは行かないとこじゃない?」
「美味しいおでん屋台があるって聞いたから。松にも教えてあげようと思って」
「お、俺に…?」
「うん。でも知ってたんだね」

なんだよそれ。またそうやってハルは僕に独りに戻ることの恐ろしさを植え付けていく。
だから、兄弟たちからなるたけ遠ざけていたい。あいつらのノリのよさはきっとハルが気に入ってしまうから。僕なんかといるより居心地がいいと感じてしまうから、そしたら下位互換の僕はハルの隣にいることを許されない。

「あの辺一帯、もう近付かないほうがいいよ。ち、治安悪いらしいから…」
「え、そうなの?」
「危ないから、やめたほうがいい」
「そっか。美味しかったから勿体ないけど」
「おでんなら、さ」

言いかけて、言葉が詰まる。男がリードしろと、長男の声が脳内で反芻する。

これ、言える流れじゃないの。俺が買ってくよ、てかLINEやってる?って。言えよ。言え。お土産にするなら連絡取れないと不便だしおかしいことじゃないし。トド松みたいにさりげなくアッサリと、そしたら僕みたいなゴミの懇願も気持ち悪さが目減りするかもしれないし。

「おでんなら、」
「うん?」
「おでんなら、……コ、コンビニだって今時かなり美味しいよ」
「それもそうね」

ですよねーー。言える訳がない。知ってた。
今ここで言えるくらいならとっくに言ってるし、これおそ松兄さん相手に同じことしたことあるだろ成長しねーな僕。
何をしたわけでもないのにどっと疲労感が押し寄せて、膝に手をついて大きく息を吐く。不思議そうに見つめるハルには、なんでもない、と手を振って応えた。

「そうだ松、今からコンビニ付き合わない?話してたらおでん食べたくなっちゃった」
「いいけど。ここから一番近いの、ハルが辞めたとこだよ」
「そこはほら、ついでに散歩にも付き合ってよ」
「はいはい分かりました」

いつの間にか足元に擦り寄ってきた馴染みの猫にエサを盛ってやって、ハルの言う散歩とやらに付いていく。特に予定はないし、愚痴を聞く時間に当ててやってもいいかもしれない。
あ、ニート風情はいつでも暇でしたねすいません。

しかし、チビ太が聞いたらぶち殺されそうな爆弾投下してしまったわけだけれど、漏洩は御免被るからハルにはよくよく釘を刺しておくことにしよう。




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