六つ子会議


自分の家に着いて、玄関前でしばらく立ち往生している。ハルを送り届けてから、ここまでも徒歩で帰ってきた。
あー、怠い。
居間が明るい。それもそうだ、往復で歩いたらそこそこ時間がかかる。皆が家に戻ってきていても何らおかしいことはない。だから、この引き戸を開けられないのだ。

腹くくれよ、一松。

そっと、なるべく音を立てないように手をかける。

「おっせーんだよクソ四男んんん!!」
「おぶぅっ………!」

開けた瞬間、待ち構えていたトド松の飛び蹴りで向かいの塀まで吹き飛んだ。死にます普通に。
玄関先で、怒り狂って僕を見下ろしてくるトド松は乱闘が長引かずに収束したおかげか思いのほか軽傷で済んだようだった。今の一発のほうが重いかもしれない。
鈍く痛んできた左目あたりを手で覆って呻く。

「一松兄さん、僕になにか言うことは?」
「すいませんでした」

土下座しておいた。
地雷踏んだのはトッティだろ、とは口が裂けても言うまい。

「とりあえず中はいって。兄さん達も待ってるから」
「はい」

これから怒りの鉄槌×5が襲ってくるのかと思うと甚だもって気が滅入る。
果たして居間に顔を覗かせた僕に、いい笑顔をたたえた長男が者共かかれと兄弟をけしかけ、さんざっぱらプロレス技をかけられたのだった。何度か三途の川を見た。

「よーし一松、まず座れよ」
「まずの使い方間違ってるだろ…!手ぇ出す前に言えよそういうのは…!」
「あっはは、兄さん青タンまじやべーっすね!」
「うるせぇっ」
「では、これより松野家六つ子会議を始めまーす!本日の議題はー?」

スッと、天井に向かって垂直に伸びた緑と捲られた青とピンクの袖。小学生の挙手かよってくらい五本の指が揃えられている。

「一松に彼女がいることとー」
「それを俺たちに黙ってたこととー」
「僕にとばっちりを浴びせた最低な行為についてでーす」

卓子に頭を打ち付けた。
つーか議題多くない?!絞れよもっと!

「話し合いののち、厳正な審査のもと一松くんの処罰を決めたいと思いまーす」
「了解しやしたー!」
「だから手ぇ出す前にやってくれるそういうのは!順番おかしいでしょ…!」

これから兄弟のクソめんどくせぇ詰問に晒されるのか。頬杖をついてこれ見よがしに舌打ちをしたら、僕の闇オーラに一瞬の怯懦を見せてからやはりというか十四松が勢いに任せて一声を発する。

「兄さんセクロスしてきた!?」
「しねーよ。いたしてたら帰ってきてないから」
「あれ、そっかー」
「い、一松…その、いつから…その」
「あ?」

今度はチョロ松が忙しなく視線を泳がせてそわそわしながら僕をうかがってくる。さすがのチェリー松。

「いつから、つ付き合ってるんだ?…その、彼女、とは」

吃りまくってポンコツのくせにわざわざ強調するなよ。

「………つーか彼女じゃないし」
「恥ずかしがるようなことじゃないぜブラザー。さあ正直に言うんだ」
「おい殺すぞクソ松」
「ヒッ…」
「じゃあれか!お友達から始めましょーってやつ?あの感じだとお兄ちゃんそろそろかなって思うよー?」

唐突に兄貴面した長男の諭すような物言いが癇に障る。何も知らない癖に。…そうだ、何も話していないのだから当たり前だ。だって知られたくなかった。

「………友達でもない」


「…いやそんなわけないでしょ!」

しんとなりかけた空気をトド松が打ち破った。まだ根に持っている様子でスマホの画面を指で叩いている。

「じゃなんで僕こんな目に合ってんの!?とばっちり損じゃん!」
「ほんとに、ただの知り合いってだけだし、わざわざ報告するほどのことでもないでしょ」
「もう一松兄さんは僕に言う言わないのライン語んないでっ!」
「ままま、トッティ落ち着けって。こいつお前より重傷負ってるし、な!」
「納得いかないんだけどぉ」

こいつらの会話に付き合う気はさらさらない。ふいと目をそらしたら、そこに十四松の顔があった。正直びびった。

「兄さん」
「……なんだよ」
「でも兄さんとハルちゃん、すっごく仲よさそうだったよ」
「確かに。あの様子だといつも送ってあげてるわけだろ?」
「三回くらいだけど」
「そこじゃねーよ聞いてんのは!あんな風にいちゃいちゃされたら、親密な仲だと思うだろ普通!」
「うるせぇな。仮にそう見えたんなら、単なるごっこ遊びの延長だから」
「…ブラザー?」

トド松のスマホがメッセージの受信を知らせて間の抜けた音と共に振動する。僕には頓と縁のない音すぎてむしろ笑えてくるよね。
ハルとは外で偶然ばったり行き合うくらいが丁度よくて、そこに次の約束なんてものも存在しないから、スマートフォンなどというご立派な名称の僕の端末は、役目を果たせなければ基盤の入った箱でしかない。

「連絡先、知らないし」

肩に力が入る。何を期待してジャージのポケットに忍ばせてるんだか、僕みたいなゴミの名前が登録されてもハルに良いことなんか一つもないのに。

「そんな相手、友達なんて吹き散らすやつがどこにいんの。ただの勘違い野郎じゃん」
「えーそんなことなくない?男がリードしようぜ、そういうことはさ」
「一松兄さんハルちゃんと仲良しする!?」
「そうだぞ一松、お前が誠意を見せれば彼女だって嫌がらないさ」
「クソ松はクソして永遠に眠れ」
「Oh……」

いつから激励大会になったんだよこの会議は。好き勝手に言ってくれてるけど、僕なんかのことは放っておいてよ。

「ハルと俺が友達とか、ありえないから………」

もう話すことはない。強制的に六つ子会議とやらを終わらせて、のそりと立ち上がっていつもの居間の隅で膝を抱えた。幸い、これ以上詮索されることはなかった。




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