二度目ましてはこんな感じ


今週はシフト多いな。
立地の影響をもろに受けて、たいして客もこないコンビニのバイトなんか、時間の流れが遅くて時計ばかりが気になってしょうがない。お給料だけ貰って帰れたらいいのに。

自動ドアが開く度に流れる間抜けな音楽が耳の奥で無限ループして、頭がおかしくなりそうで裏で悶えたこともある。
そして気分転換に商品棚の整理でも、とレジを離れたとたんに客が纏まって入店してきて、さっさと精算しろとばかりにキツイ視線を貰うのだ。

「ありがとうございましたー」

もう来なくていいです。とは、いつも心のなかで言っている雑言だ。少しだけ胸がすく。


最後の客がようやく捌けたと思ったら、入れ違いでもう1人はいってくる。暇潰しの商品整理へ戻るか一瞬迷った末に、どうやら買うものが決まっているらしい足取りを見てレジカウンターで待つことにしたのだけど。


「あ、あの時の…」

確かに暇だけど精算の度にレジまで走らされんのはごめんよね、と悪態をつきたくなりながら迎えたその客が、数ヵ月前に公園で遭遇した青年だったなんて誰も予想できなかったに違いない。

「あ? あー………………、あ」

「あ」の一言でいろんな感情が出せるものだ。
たっぷりの間があったけれど、思い出してくれたようで気まずさが少し拭われた。
松のプリントが入ったパーカーを着たその人は猫缶をいくつかと、それだけでは気恥ずかしいからと言わんばかりにチューハイ1本をカウンターに乱雑に置いていく。

たしかあの時も松プリントのパーカーを着てたな。
松が好きなんだろうか、あと猫も。

公園での出来事は心臓が縮み上がったし、今もマスクでなに考えてるか分からないけど、世の中、猫好きに悪い人はいないように出来ている。そういう摂理になっている、はず。
事実、何もされずに生きているのだもの。

「その節は、大変失礼なことを言ってしまってすみませんでした」
「あー、その……別に」
「あの時の猫ちゃんに、ですか?」
「あ、まあ、…そんな感じです」

コミュ力がないのは見た目通りなんだ。

今回はしっかりと胸の内にとどめたことを褒めてほしい。

正面ど真ん中に主張する松プリントが印象的な紫パーカーのお兄さんは、眉間にシワを寄せて、そっぽを向いたせいで丸見えになった耳が真っ赤になっている。

それもそうか、出先での盛大な独り言を聞かれて、旅の恥はかき捨てとばかりに記憶の彼方へ放ったのによもやの再会で蒸し返されたら、穴にも入りたくなるかもしれない。
そこでようやく、悪いことをしてしまったという思考に至った。

でもいいと思うよ。お兄さんのギャップ、私いいと思う。


「あの公園、よく行くんですか?」
「あ、いや、…あの時、はたまたま…通りかかっただけです」

私は公園前をよく通るから、あれ以来見かけないお兄さんが、少なくとも頻繁に赴いていないことは予想できていた。
袋に商品を入れ終わるまでの繋ぎで、適当に話題を振っていく。

「猫ちゃん可愛かったですね、私も仲良くなってみたいなあ」

特におかしなことを言ったつもりはなかったけれど。
お兄さんの肩がびくりと跳ねて、つられて私も驚いた。

「あ、僕が、……すみません。僕なんかが邪魔しなければ、あの猫と仲良くなれましたよね、ごめんなさい」

なぜそこであなたが落ち込むのか。
みるみる青ざめて猫背がさらに丸まっていくお兄さんの意図が読み取れずに二の句が継げない。

ただでさえバイトに時間を拘束されて気持ちが荒んでいるのに、そのうえ客のメンタルに寄り添った気の使う会話なんて。
正直めんどうくさい。

あーあーいいんですよ、別に気に病まなくて。私から声をかけた手前、沈黙になるのが気まずかっただけで、特に意味なんてないんだから。

などとは、言えるわけがない。

「そんなそんな。私じゃ逃げちゃってましたよ、きっと」

曖昧に笑って袋を差し出すと沈んだ表情のまま受け取って、それでもぺこっと頭を下げる律儀さに私は負い目を感じてしまう。

ほら、世の摂理最強じゃない。
悪い人じゃなかったじゃない。

もう少しで自動ドアの間抜けな音楽がなってしまう、寸前で思わず声をあげていた。

「待ってください。ちょっと待って」

訝しげに振り返ったのを確認してから、商品棚へ駆け寄って彼の買ったものと同じ猫缶を手に取った。

「これ、おまけというか。お詫びです」

今日蒸し返してしまったことも含めて。

「えっ。……っうわ!」

手渡そうと指がちょんと触れただけで大げさにびくついたお兄さんに腕を引っ込められてしまった。
うぶだ!この人うぶだ!

卑屈に伏せていた目が見開いて、ぽっ、ぽっ、と耳がまた赤くなっていく。
随分と忙しい顔色ですね。

「う、あ…。い、いいですよ、こんな。悪いし」
「お詫びなんだから、悪いのは私ですよ。受け取ってください」

今度は触れないように慎重に、袋の端からカシャンと猫缶を入れる。
お兄さんは動揺を隠せないまま袋と私を何度も見比べて、それから極々小さな声でありがとうございます、と言ってくれた。

終わり良ければすべて良し。お兄さんがあの松パーカーを買っているどうでもいい想像をして笑いを堪えながら、久々にくそつまらないバイト中に悪くない気分を味わえた。


お客様、に対して私どもが勝手に呼び名をつけるのは失礼極まりないと承知しつつ、笑顔2割増しで見送ったそのお兄さんを、私は「松の人」とあだ名したのだった。





どもる四男。


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