「どうしたのさ…君」
『にゃー』
僕が朝練から帰ってきた時、朝に逃がした子猫が再び僕の目の前に現れた。子猫は僕が帰ってくるまで、外と僕の部屋の前を行ったり来たりしていたようでずぶ濡れだった。僕は再び子猫を部屋に上げ、身体を洗ってやった。そして、今現在…
「僕言ったじゃないか。君は飼えないって」
『?』
「はぁ…解るわけないよなぁ。なんせ相手は猫だし」
子猫は僕のことなんてお構いなしにじゃれてくる。頭を何度も僕の手の甲に押しつけてくるもんだから、僕は子猫の首元を撫でてやる。すると、ごろごろと喉を鳴らしながらころんと寝っ転がってしまった。
「…大家さんに言わなきゃな」
怒られそうだ
アパートの101号室、そこが大家さんが住む部屋だ。大家さんとは引っ越しの挨拶以来、会っていない。うん、緊張するな。
黄ばんだチャイムのボタンを押すとピンポーンと機械音が鳴った。ふむ、まずどう説明しようか…『下校途中に猫がいたので話しかけてその場を去ろうとしたらついてきてしまいました。逃がしても僕の部屋の前と外を行ったり来たりするんです。どうしたらいいんですか?』よし、これでいこう。
「はーい、あれ?士郎君?…と」
「大家さん、あの」
僕が今さっきまで考えていたことをそのまま口にしようとしたとき、大家さんは聞き捨てならないことを言い出した。
「さっきの猫ちゃんじゃない!!士郎君の猫だったの?」
は?
「いや、この猫は…」
「あら?違うの?でもその子、ずっと雨の中君を待ってたのよ。真っ直ぐ、あなたが帰って来るであろう方向を向いてね」
「え、」
「大好きなのね、士郎君のこと…」
「…………」
ゆっくりと視線を下に下ろし、子猫を見つめると『にー』と可愛らしい声で鳴いた。
「で、どうしたの?」
「いや、この猫…どうすればいいんですか?こんなに懐いてくれてるなら飼いたいのは山々ですけど、ここのアパートって動物飼うの禁止ですよね?」
「んー、別に絶対駄目っていうわけじゃないのよ?ただ、壁や床を傷つけないのなら飼っても問題はないけど…」
壁や床…爪磨きで傷つけそうな予感…
「どうする?飼うの?」
でも、このまま外にほっぽり出す訳にはいかない。
「……わかりました。僕が飼います」
僕が小さな不思議な猫を飼い始めた梅雨の時期。雨はしばらく降り止む気配を見せなかった。