「ん、…ぅー…」

ちゅんちゅんと雀の鳴く声とカーテンの隙間から僅かに零れる朝日によって僕は目が覚めた。

「んー…ん?」

むくりと起き上がり、ぼけーとしながら自分の掛け布団を見つめる。あー、まだ入っときたいなぁなんて思いながら、ふと時計を見ると7時前だった。

「あ、…朝練…」


今日は土曜日だけど朝練がある。確か8時半から。二度寝して遅れちゃ洒落にならないから僕はベッドから降りようとした。



『みゅっ…』
「ん?」






掛け布団の中に猫がいた。




「あ、そっか…」

昨日あのまま泊めちゃったんだっけ?そう思いながら子猫の頭を人差し指で軽くつついてみる。丸くなって寝ている子猫は起きる気配を見せずに頭をされるがままに揺さぶられてるだけだ。

「…猫って寝てるときでも警戒してるイメージがあったんだけどなぁ…」


安心しきってる証拠なのかな?


うりうりーって言いながら悪戯を続けてみる。






「っは…ふしゅんっ!」





タイミング悪くくしゃみをしてしまった。勿論、僕のくしゃみだ。何か抜けたようなくしゃみだねって誰かから言われたような気がするけど、それはまた今度思い出そう。


『?!…?!』
「お、おはよう…ごめんね?起こしちゃったね」
 
子猫は黄金色の目を光らせてぺちっと僕の頬に前片足を置いた。いや、多分猫パンチというやつだ。

「ご、ごめんね?」
『…………』

ご立腹のようだ。







ベッドから降りて居間へと向かう。子猫も後ろからついて来て、一緒に居間のソファーにダイブ。自然に目が覚めたとはいえ、かなり眠い。僕はそのままの体勢でカーテンを開き、テレビのスイッチを入れた。予想通りニュースが淡々と進められているチャンネルだったけど。

「あー…眠いなぁ…」

意識が遠くなるのを感じながら僕は再び眠りに落ちようとしていた…けど、





『がぷっ』
「っっっっっっつ!!!??」



噛まれた。どこを?足の指を。痛い…じんじんと鋭い痛み…子猫だからまだ助かったけれど。



「いったぁ…し、仕返しかいっ…?」
『………』

ぷいっとそっぽを向いて再び噛もうとする。僕は素早く身体を起こして、子猫の首根っこを掴んで逃げないようにした。

「コラ」
『みゃー』
「噛んじゃダメだよ、噛んじゃ」
『…………』


なんだろう…猫なのに表情がわかる気がする…。動物とかはあまり表情の変化とか激しくはない。けれど、この猫だけはちゃんとした表情をしている気がする。僕の目が正しければ、今はとても不機嫌そうな顔をしている…と思う。

「…猫って気楽だよね」
『ふしゃっー!』
「何だい?やる気かい?」

がおーって言いながら犬を意識して威嚇してみる。


「あ。」


そういえば、新聞取ってなかった…



僕はソファーから立ち上がり、玄関へと向かった。郵便ポストを開けて新聞を取り出すと、ひらりと一枚の紙が落ちた。

「ん?なにこれ…」

拾ってその紙に書かれた内容を読む。うん、誰かの悪戯ではなさそうだ。


「あ…。あーーーーーーーーーっ!!!!」


思い出した。確か昨日、荷物が届くはずだったんだ。でも、配達人は来たのはいいけれど、多分僕は子猫を洗うのに集中しててチャイムに気づかなかったのだろう。だから、配達人の人はこのメモを置いて行ったのだろう。メモには電話番号とここに来た時間が記されていた。



「電話して謝らないと…」

そして、もう一度持ってきて貰わないと…


電話は朝練から帰ってきた後にかけようと決め、僕は朝食を作り始めた。…やっばり野菜中心に







「はい、またね」
『………』

朝食を食べた後、身支度を終えて猫を連れて外へと出た。軽く頭を撫でてやって僕は人間の言葉など理解するはずのない猫に話しかけた。

「さぁ、帰るんだ」
『………』
「悪いけど、僕は君を飼えないよ。ここ、動物禁止だし」
『……にー』
「ちゃんと帰るんだよー!!」

時間がなかった僕は子猫を自分の部屋の前に放置して朝練へと向かった。




『………』















「お、おはようございますっ!!」
「あぁ、おはよ。ほら、さっさと準備しろ」
「はいっ」

軽く挨拶を済ませてから僕は部室へと向かった。ドアを開けるとそこには既にキャプテン達がいて皆部室の掃除をしていた。

「少し遅かったなー吹雪ー!」
「ごめんねー」

謝りながら荷物をみんなが固めているところに置き、雑巾を持ってキャプテン達の手伝いに向かった。

「あ、吹雪。雑巾は俺と風丸がやるからお前は豪炎寺の手伝いに行ってくれ。倉庫にあるボールを出して磨いてると思うから」
「うん、わかった」

そして急いで外に出て倉庫に向かった。倉庫の側には豪炎寺君が一人ぽつんとボール磨きに取りかかっていた。

「豪炎寺君、おはよう!」
「あぁ、吹雪か…おはよう」

軽く挨拶を交わし、手伝いに来たよと言いながら汚れたサッカーボールを一個拾って豪炎寺君の隣に座って磨き始めた。

「あのね、昨日僕が帰ってる時ね、猫に逢ったんだぁ」
「猫に?」
「うん。昨日雨降ってたでしょ?だから泥だらけでね…泊めちゃった」
「吹雪のアパートって…」
「うん、動物禁止だよ。だから今朝さっき帰らせたんだ」

どうしてるかな…あの子

僕達は話しながらもボールを磨く手は休めず、布とボールが摩擦する音だけが響く。

「アパートじゃなかったら飼ってたのになぁ…」
「俺の家も動物禁止のマンションだからな…夕香もいるし」
「まぁ、今頃誰かが拾ってくれてるんじゃないのかな?よし、早くボール磨き終わらせよう!!豪炎寺君!!」
「あぁ」

そして、僕達は残りのボール磨きに取りかかった。










「あ、雨だ」
「本当だ。さっきまでは晴天だったのにな…」

クールダウン中ぽつぽつと空から小さな雨粒が降ってきた。次第に雨粒は大きくなり、激しくなっていった。

「わーどうしよう。俺、傘持ってきてないぞ!!」
「俺もだ」

みんな傘がないと騒ぎながら急いで部室に戻って雨宿りをした。雨は止むどころか激しくなる一方だった。

「傘見つけたぞー!!…一本だけ!!」

キャプテンが部室の隅からボロボロの傘を見つけて嬉しそうに持ってきた。みんなは一本だけかよと言いながら、どうやって帰宅するかを考えていた。

「しょうがねぇ、俺達は走って帰るわ。じゃあな」
「うん、俺もそうしよう。別に制服じゃないしな」

そう言いながら激しい土砂降りの中、帰って行ったのが先輩方と殆どの一年生。部室に残ったのは僕とキャプテンと豪炎寺君と鬼道君と風丸君だ。鬼道君は家の人に迎えに来てもらうようで携帯を取り出した。

「フッお前達も送ってやる。安心しろ」
「鬼道ありがとな!!」
「うん、ありがとう鬼道君」
「悪いな、鬼道」
「ありがとう」

しらばらくすると大きな黒い高級車が学校に到着して執事さんが傘を持ってきてくれた。それを借りて車まで歩き、家まで送ってくれた。車の中では今度の試合のことや作戦などで盛り上がっていた。

「俺…サッカーやりたい」
「どうしたんだ?円堂…」

ぽつりと呟いたキャプテンに僕達は不思議そうな目で見た。キャプテンは溜まっていたものを吐き出すかのごとく叫び出した…車の中で。

「だって!!高校入ってから筋トレばっか!!上下関係にも厳しいし!!ああぁぁああああサッカーやりたい!!サッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサッカーサ」
「うるさいぞ円堂」

ぴしゃりと鬼道君に言われ、しゅんと小さくなったキャプテン…なんかかわいい。

「まぁ、円堂の気持ちはわからなくはないな。俺だって練習試合とかやりたいし」
「中学の時は俺達が最年長だったから好き勝手やっていたけど、今じゃそうはいかないからな」

まぁ、そうだよね。僕達にとって三年生=綱海君という思考が張り付いている。しかし、綱海君は上下関係が好きじゃないようで結果、二年全員はタメ口で喋っている。それに慣れすぎていたから今のキャプテンにとっては苦なんだろう。

「今度みんなでサッカーやろうぜー…河川敷でー…」
「円堂が死んでる…」
「まぁ、しょうがないだろう…」

たわいのない雑談を楽しんでいるうちに学校から一番近い僕のアパートに着いた。運転手の執事さんにお礼を言って車から降りた。降りる時、執事さんがドアを開けてくれてやっぱり執事なんだなぁなんて思いながらもその執事さんにもお礼を言った。

「吹雪っ吹雪っ」
「ん?何?キャプテン」


車の窓が少し開いてキャプテンが僕を呼び止めた。何か忘れ物でもしたのかな?

「明日さ、吹雪ん家行っていいか?」
「え…?」

あ、明日??
キャプテンが?僕の家に??

「あ、俺も行っていいか?」
「か、風丸君…」
「フッ面白そうだな。俺も行こう」
「鬼道君まで…」

僕の部屋には面白い物なんてないんだけどなぁ…
ちらりと何も言っていなかった豪炎寺君に視線を送ってみる。ご、豪炎寺君は来ないよね?だって、サッカー以外興味ないと思うし…僕の部屋なんてどうでもいいに決まっている。豪炎寺君が来ないと決めつけてなんとなく安心感に浸っていた。でも…

「豪炎寺も行くよな!!」
「あぁ」


即答だった。


じゃあ決まりだなーなんて言って僕の了承なんてそっちのけで明日、キャプテン達が僕の家に遊びに来ることになった。
詳しい内容はメールで知らせることになって、鬼道君の家の車は僕のアパートを後にした。


「ご、豪炎寺君が来るのかぁ…」

頬が熱くなるのを感じながら、自分のうるさい心臓の音を聞いていた。豪炎寺君は嫌いじゃない。けど、何故か彼が来るとわかったとき何かよくわからない変な感情がこみ上げてきた。


初めてだった、こんな感情


どう対処すればいいのかわからない


「〜っっ!!馬鹿!!僕の馬鹿!!」


早足で階段を上り、自分の部屋がある二階の廊下を歩く。ふと床を見ると不自然な濡れ方をしていた。小さな子供が何度もこの階を往復したかのような…そんな濡れ方だった。でも、靴のあとが見当たらない。無意識に濡れている部分を目で追ったら僕の部屋で終わっていた。そして、何故か水溜まりができていた。

「?」

不思議に思い、自分の部屋まで向かってドアの前で止まった。

「なんで…僕の部屋の前で…」

ふと今朝の朝練前のことを思い出してみる。行く前はドアには何もいなかった。だって、ここで猫と別れたから…ぁ。

「もしかして…」

答えが導き出せた瞬間、何かの視線を感じて振り向くとそこには


『………』




今朝別れたはずの子猫がびしょびしょになって此方を見ていた。









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