練習用の剣を一本だけ残して吹雪はこつぜんと姿を消してしまった。100階もある本部を探すのは無謀だと思った豪炎寺は作戦室へと向かった。そこには情報処理班と顔馴染みに特別戦闘部隊のメンバーがすでに到着していた。

「すまない、遅くなった」
「いえ、大丈夫です。でも、メンバー的には全然大丈夫じゃないですね…」

チラリとメンバーへと視線を逸らす神童。今揃っている特別戦闘部隊のメンバーは、神童と俺、霧野に菜花とフェイ…

「何故ドーピングモルモットが本部から出れないフェイしかいないんだ?」
「いや、俺が聞きたいんですけどね…」
「神童、井吹はどうした」
「任務でいません」
「霧野、狩屋はどうした」
「お、恐らく、どこかで寝ているかと…」
「瞬木は…」
「どっかいったやんねー」
「まぁ、瞬木だしね」

主力2名のサボリに豪炎寺は頭を抱えた。エネミー殲滅の任務の場合、ドーピングモルモット同伴でないと行ってはいけない決まりがある。豪炎寺の場合、響木に大目に見て貰っていたが、今はそれが出来ない。ここのいるメンバーで唯一ドーピングモルモットのフェイは本部から出られないため加勢させるわけにもいかない。只でさえ「特戦は幼稚園生の集まり」なんて言われているのにこれでは本当に我が道を突き進む子供の集まりだ。

「とりあえず、剣城達で倒してくれればいいんですが…。エネミーの映像を出します」

画面に大きく映し出された街を破壊するエネミー。四足歩行をする巨大な怪物。逃げ惑う街の人々。その人々を守るように天馬と剣城がエネミーを誘導していた。避難指示は戦闘部隊の兵士達が行っているようだ。

「ファーストタイプですし、恐らく問題はないかと思われます」
「少し硬そうに見えるな。天馬達では分が悪いか?」
「しばらく様子を見ま……、豪炎寺さん、あれ…!!」
「なっ…?!」

画面に映った白い人物に豪炎寺たちは絶句した。




***


住人の避難が済んだ後、剣城は戦闘部隊に撤退指示を下していた。戦闘部隊といえど、特別戦闘部隊とは違いエネミー殲滅は専門外なのだ。天馬が必死にエネミーを引き付けているが、そろそろ限界だろう。

「剣城ーもういい?おれ、足遅くなってるからさー、そろそろ無理ー」
「もう避難は済んだ。戻ってこい」
「あーい」

くるりと回って剣城の元へ戻る。回りを見渡し、避難が完了したことを再確認する。そして、同時にエネミーに向かって飛び出した。腰に付けていた刀を抜き、エネミーに斬りつける。しかし、その斬撃はエネミーの皮膚を少し削るだけで大したダメージを与えられない。

「かっ、てぇな…!!」
「剣城剣城!!おれは?おれは?!」
「休んどけ!」
「ぶー…おれが本気出せばちょちょーいなのに」

いじけるようにコンクリートの破片を足先で弄ぶ。あっ、と何か思いついた天馬は、人の頭ぐらいの大きさのコンクリートの破片をエネミーに向かって蹴り飛ばした。凄い勢いで飛んでいく破片はエネミーに直撃し、痛々しい叫び声上げながらエネミーがふらつく。その一瞬を見逃さなかった剣城がエネミーの頭に飛び乗り、腰から出したナイフで目を刺した。

「さすが剣城!やることがエグい!」
「いつものことだろうがっ…!」

身体が硬いエネミーには目潰しで仕留めるのが最善な方法だが、デメリットが存在する。目を潰すと人間には毒でしかないエネミーの体液が噴出し、人間が体液を浴びるとドロドロに溶けてしまう。しかし、対エネミー用に開発されたドーピングモルモットは体液の効果を受けないのだ。
目を刺されたことにより、激しく暴れ出したエネミーが頭に乗った剣城を振り落とそうとする。なかなか落ちない剣城に腹が立ったのか壁に向かって頭を打ちつけ始めた。このままでは潰されてしまうのも時間の問題だが、隙を見て頭を壁に打ち付ける前にスルリと抜け出した。

「剣城!!危ない!!」
「っ?!」

真上から降ってくるエネミーの血。勢い良く迫る足に剣城の逃げ場はなかった。苦し紛れの刀での防御は白い人影のお陰であまり意味をなさなかった。目にも留まらぬ速さで天馬の元まで剣城を運び、ドスンとそこへ下ろした。

「悪いな、助かっ……え?」
「?、どちら様?」
「あ。剣城くんだったんだ。久しぶりー」
「吹雪さん?!」
「え?ふぶき?え?え?」

いきなりの登場に呆気に取られた剣城と見知らぬ人の登場で困惑している天馬。颯爽と現れた吹雪はニコニコとしながらやっほーっと手を振っている。

「ごめんねー、自室に戻って自分の剣持ってくるのに時間掛かってさ、遅くなっちゃった」
「いや、それはいいんですけど…」
「あっ、まず先にぱぱっとコレを片付けちゃおうか。ちょっと待ってて」

再びふんわりと微笑むと此方に気付いたエネミーに向かってゆっくりと歩き出した。呆気に取られていた天馬が我に返って吹雪の後を追おうとするが、剣城に制止される。反論する天馬に視線を向けず、剣城はただ真剣な面持ちで吹雪の後ろ姿を見守るのみだった。
吹雪は腰に携えていた双剣を同時に抜いた。独特の形をした刃渡り50センチほどの剣二本を歩きながら構える。明らかに変わった空気にエネミーも何かを感じ取ったようで警戒をする。エネミーはほぼ本能に従って動いているため、賢くはなくても勘だけは鋭い。
しかし、その警戒はすでに遅かった。エネミーが警戒をし、後退りをした瞬間に吹雪はエネミーの後ろにいた。その場にいた吹雪以外は何が起きたか理解できなかったが、彼がくるりと無邪気に振り向いた瞬間にエネミーはただの肉片の山となって地面に鎮座していた。





***



「何が起きたんですか…?!」
「フェイ、見えたか?」
「うん、見えたよ」

本部の作戦室でエネミーと対峙していた剣城を観戦していた豪炎寺達は乱入してきた人物に驚愕した。その人物、吹雪は目にも留まらぬスピードで剣城の窮地を救い、一瞬でエネミーを物言わぬ肉片にしてしまったのだ。人間ではあるが、レジスタンスNo.1の豪炎寺でも何とか斬り終わった一瞬だけは見えたが普通の人間では瞬間移動したようにしか見えないだろう。集まったメンバーの中で唯一ドーピングモルモットだったフェイは全て見えていたようだ。

「ほぁー、フェイってばすごいやんね!うちはぜんぜーん」
「俺もです。霧野は?」
「俺もだ…」
「普通の人間の胴体視力じゃまず追えないだろうな。フェイ、彼奴はあの一瞬で何をした?具体的について頼む」
「うーんと…別に特別なことはしてないよ。一瞬で懐に入って一瞬で連続斬り。恐らく、あの双剣はかなり軽量化されてるみたいだね。スピード重視だからだろうね。あと能力も使ったみたいだよ。あの戦闘力で能力使いだなんて…ちょっと怖いね」

淡々と説明するフェイに豪炎寺は先程の訓練所でのやり取りが引っかかった。あの戦闘力なのにも関わらず、あの時手合わせしたときは自分より少し下ぐらいの剣裁きだったはずだと。その気になれば、真人間である豪炎寺なんて一瞬だっただろう。沸々と沸き上がる怒りと同時にもう一つの疑問が生まれた。

「フェイは吹雪と知り合いじゃないのか?」
「え?知らないよ。そもそもあんな人、本部にいたっけ?あんなに真っ白なら見覚えあると思うんだけどなぁ」
「ふぶき……」

珍しく深刻な顔をした黄名子がぼそりと呟く。吹雪と同じドーピングモルモットであるフェイではなく、その相方である黄名子が反応したことに豪炎寺は少し驚いた。黄名子は何かを思い出そうとして顔を歪ませる。

「ふぶき…ふぶき…うぅーん?」
「菜花、何か知っているのか?」
「いや、見覚えはないやんね。でも、『ふぶき』…どこで聞いたことあるよーなー…ないようなー…」
「ラボにいた時に研究員の会話でも聞いたんじゃないか?」
「霧野先輩はないやんね?」
「俺はないよ。そもそも、お前と違って脱走とかしてなかったしな」
「あれはフェイに会いに行ってただけで…!!」
「ちょ、ちょっと待て。ラボにいたってどういうことだ?菜花と霧野はドーピングモルモットじゃないんだろう?」

豪炎寺の問いに黄名子と霧野は顔を見合わせる。そして、さも当然かのように答えた。

「俺達はドーピングモルモットの『スペア』だったんですよ」
「剣城もやんねー!」
「そ、そうなのか…」

神童の何とも言えない視線を向けられている中、豪炎寺は、自分の部隊のメンバーの『知っているはずの情報』を知らない自分の無知さに再び頭を抱えるのだった。



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