ぶくぶく、ぶくぶく
それが沈んでいくを俺はただ見ていた。








「はぁっ、っぁ…はぁっ」
「……」

ここは沖縄。そして海岸。浜辺を散歩する俺と流れ着いたであろう吹雪。全身ずぶ濡れになって苦しそうに酸素を吸う姿を他人事のように見つめながら、ジャージのポケットに手を入れた。

「おま、えっ…見てたんだろ…?!はぁっ、助け、ろよっ…」
「何のことだ?」

忌々しげに俺を見つめる瞳は橙色に発光していた。まるで夕日みたいだな、なんて呑気に思った俺は結構マイペースなのかもしれない。吹雪は水分を含んだマフラーを握り締める。ぐしゅっと湿った音を立てながら海水が砂に染み込んでいく。あぁ、濡れたままだと砂が付きやすいというのに…コイツはそんなことさえお構いなしなのだろうか?四つん這いになったままだ。

「とぼけるな…!!俺が落ちるとこを、見ていたんだろう…?!」
「あぁ、そうだな」

崖から落ちる一部始終を後ろから。ゆらゆらと揺れるマフラーしか上からは見えなかったけれど。夕日と海、底でゆらゆら揺れる白いマフラー…中々の趣があって感心したな。

「助けろよ!!士郎の奴、泳げないんだぞ?!なのに、海に飛び込みやがって…」
「馬鹿だな」
「あ゛ぁ?!」
「そんな可能性の低い死に方するなよな」

期待されてもこっちも迷惑だしな、そう言えば吹雪は怪訝そうな顔で此方を睨みつけたまま。ぽたりぽたりと毛先を伝って落ちていく雫がまるで涙のように見えた。

「どうせ本気で自殺しようとした訳じゃないんだろう。お前がいるから何とかなるって心では思ってたはずだ。保険で俺の視界に入るように落ちてくれて…まぁなんというか、策士だよな。感心する」
「は、ぁ…?」
「まぁ、俺もお前がいるから何とかなるだろって思ってたけどな……でも、お前にとっては喜ばしいことだろ?良かったな、吹雪から必要とされて」
「てめぇ…嫌みかそれ…」
「あぁ、悪い。自分で自分を必要としても意味ないよな。おっと、これは存在否定になってしまう、すまない」
「………」

吹雪は銀に光った長いまつげを伏せる。とても痛々しい表情だったが、そういう顔にさせたのは俺のせいだ。自覚はあるが、俺は正直に矛盾並べただけであって殆ど吹雪という人間本人の自業自得である。こういう人間の本心を嫌でも理解してしまう自分は、本人にとってとても不愉快な言い方で責める。意地が悪い?最低?知ってるさ、そんなこと。もどかしさを感じるように、唇を噛みしめていたが未だに俯いたまま。次の瞬間ふと雰囲気が変わった。逃げた、そう思ったが口には出さず、もう一人の…本当の吹雪が此方に気付くのを待った。
ぼんやりと意識が戻った吹雪は、数秒間だけ一点を見つめたまま微動だにせず、まるで自分の存在にさえ気付いていない気がした。本当に死んだとでも思っていたのだろうか?まぁ、死のうが死ぬまいがどちらにせよ、おめでたい頭なのは変わりない。

「……ぼく…」
「ここは天国じゃないぞ」
「…あぁ、うん、…そう、だよね……ありがとう」
「なんでお礼なんて口にするんだ?」
「だって、きみが…助けてくれたんでしょう?」

にっこりと微笑むコイツは、助けられることを分かっていた…いや、当たり前だとでも言うかのような顔をしていた。思い込みなんかじゃない。これは…

「は?お前、自惚れるのもいい加減にしろよ。俺の姿を見ないでよく助けてくれたなんて言えるな。」
「ぇ、と…豪炎寺くん…?」
「俺はここで散歩してただけだ。助けてなんかいない。お前が勝手に流れ着いただけだろう?」
「そう、なの…?」
「それとも、助けた方が良かったのか?同情して欲しかったか?なら彼奴等の代わりに俺が直接言ってやる『可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想可哀想、お前は可哀想』ほら、これで満足か?」
「なに、言ってるの…?」
「同情して欲しいんなら幾らでもしてやる。でも、こんな風に他人を巻き込んでまで同情させるのはやめろ。崖から落ちたのを目撃したのが円堂達だったらどうするつもりだったんだ。彼奴等のことだ、お前を助けようとして飛び込むだろうな。で?それで巻き添えにしたらお前はどう責任を取るんだ?なぁ」

自分でも珍しいくらいに饒舌に吹雪は呆気に取られている。こんなに嫌みを言う人間と思っていなかったのだろう。握っていたマフラーを更に強く握り締める。タオルでも持ってきてやるか、そう思ってその場から立ち去ろうとした瞬間、勢い良く立ち上がった吹雪に胸倉を掴まれた。

「そうだよ…キャプテン達に何かあったら僕のせいにすればいい…僕を憎めばいい…!!それでいいんだ!!その方が楽だろう…?!だって憎む相手がいるんだから!!」
「ぐっ…、ぅ」
「でも、相手がいなかったら…?相手に非がなかったら?それが自然の摂理として仕方のないことだったら?どうすればいいの?ねぇ、どうすればいいさ?!」

見た目より強い力で掴まれ、必死で剥がそうとするがビクともしない腕。吹雪は泣きそうな顔で俺を見ている。

「全部背負って生きていくしかないだろ」
「…え、」
「憎悪も嫉妬も喪失感も悲しみも全部背負って…幸せになるために生きていくしかない」
「そんなの、エゴだ…!戯れ言だ…!!僕は、そんなことできるほど、器用じゃないし強くない…!!」
「誰も器用に生きろとは言ってないだろ…弱いなら強くなるために生きればいい、人を頼ってもいい…」

そんなの、とふるふると首を振る。人に頼ることをやめた吹雪にとって、それはとても情けないことだと思っているのだろう。自分の問題は自分で解決する。今の吹雪にそれができるのだろうか?いや、思い込んでいる節が見えるコイツにそんなこと、できない。

「あとは、自分で考えろ。お前が憎む相手がいないと前を向かないのなら、俺を憎めばいい」
「…?!」
「でも、これだけは忘れるな。お前が俺をどう思おうが構わない。『今のお前』は苦手だが、俺は…お前のことは嫌いじゃない」
「ぇ…?」

ぽかん、と呆気に取られた吹雪に、自分のジャージを脱いで放り投げる。顔でキャッチしたそれは、吹雪の表情すら隠してしまった。ぴくりとも動かない吹雪を置いて俺は再び浜辺の散歩を再開した。後ろからの小さなありがとうは聞こえなかったことにしよう。









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