「この地球は今どうなっている?砂漠化、酸性雨、干ばつ、海面上昇、ヒートアイランド現象…上げていったらきりがない。しかし、それを止められる術があるとしたらなんだと思う?ねぇ、吹雪君?」
「さぁ…?」
なんで…こんなことになってしまったんだ?
遡ること数時間前。イナズマジャパンの宿屋に一通の手紙が届いた。差出人もわからない何も書かれていない封筒に一枚の紙が封されていた。そこには活字で
『次の背番号の者は指定された場所へ来い。『2』『4』『9』『10』『18』
環境破壊防止研究のために君達の力が必要なのだ。我々に協力してくれ。』
と書かれた紙と地図。地図には丸が二つあり、丸の上には背番号であろう数字が書かれていた。
『…なんだ?これ』
『つまり、自分の背番号が書かれた場所に行けばいいんだろう?』
『それにしても不自然だね。どうして俺達だけなんだろう?共通点が見当たらないよ』
『海岸沿いのところに『4』『9』って…綱海と吹雪じゃないか。大丈夫なのか?』
『おぅっ!俺に任せとけ!!』
『きっと、大丈夫だよ』
そんなこんなで僕達は指定された場所に指定されたメンバーで行くことになった。なんで久遠監督に言わなかったのかと今更後悔しているが、過ぎたことはしょうがない。途中でソフトクリームを買って綱海君と並んで目的地まで食べながら向かった。ライオコット島限定のココナッツソフトはかなり美味しかったから今度皆に勧めてみるつもりだ。
目的地の海岸沿いについても人一人もいない状態だった。しばらく綱海君とお話でもしようと振り向いた瞬間、彼の後ろには沢山の黒ずくめの人達。僕は考えるより先に身体が動き、綱海君を突き飛ばして海に落とした。そんなに高さはなかったから綱海君なら大丈夫だと思うけど、罪悪感が凄い。ごめん、と言う前に僕は黒ずくめの人達に口を塞がれて真っ黒な車に無理矢理詰め込まれた。下の方からは綱海君の叫ぶ声が聞こえたけれど、返事なんてできずに僕はそのまま意識を失った。
意識を取り戻した時、僕は違和感を覚えた。ぼやける視界の中には大きな窓、真っ白な壁。そして、痛む手首。鉄が擦れ合う音で僕の意識は完全に覚醒して我に返る。僕がいるのは実験室のような個室。大きな窓には研究者であろう男と僕を拉致した黒ずくめの男が何か話し合っている。そして、僕は狩人に捕らえられた獲物のように頭の上で手首を拘束されていた。立ったまま鎖で拘束されていたものだから、手首からは血が出ている。僕が必死に鎖を解こうとした音で黒ずくめ達に自分の意識を取り戻したことを知らせてしまった。個室に入ってきた研究者の男。そして、僕の目の前に立ち、卑しい笑みを浮かべてこう言った。
『ようこそ、吹雪士郎君。君を研究させてくれないかな?』
***
「呼び出しといて、これはないんじゃないんですか?」
「すまないねぇ、でも、実験をさせてくれと言ったら君達は絶対に来なかっただろう?」
そりゃあ、『力を貸す』と『実験に協力』するというのは根本的に違う。実験で変なことをされて万が一試合に支障が出たら、結果的にそれは自分達のせいになってしまう。みんなの足をひっぱるようなことはしたくないのだ。だから、実験なんて御免だ。
「まぁ、結果的に君はこうして僕の前に来てくれた」
「来てない来てない。浚われただけ」
「収穫は君だけだったけれど、僕自身一番興味があったのは君だからそれだけで満足さ」
じゃあ、豪炎寺君達は上手く逃げ切れたのか…、よかったぁ…!!綱海君も捕まらなかったみたいだし、犠牲は僕一人だけでよかったかもしれない。ホッと胸を撫で下ろす束の間、研究者の男はいきなり僕の前にしゃがみ僕のジャージのズボンを剥ぎ取った。
「うっ、わぁあああああああああああっっ?!」
「あぁ、ごめんよ。大丈夫、短パンに着替えて貰うだけだから」
そういう問題じゃない!!心中でそう叫ぶが聞こえることはない。
僕は見知らぬ研究者からズボンを履かせられるという屈辱的行為を受けて、足首に真っ白な機械をつけられた。形は少し足枷に似ていて沢山のコードが付いており、研究室外へと延びていた。それに少し重い。
「これ…なんですか…?」
個室の外で機械の調整を行う研究者に問い掛けた。研究者はん?、と反応すると間を置いて説明を始めた。
「この地球は今どうなっている?砂漠化、酸性雨、干ばつ、海面上昇、ヒートアイランド現象…上げていったらきりがない。しかし、それを止められる術があるとしたらなんだと思う?ねぇ、吹雪君?」
「さぁ…?」
首をすくめて分からない、というジェスチャーをする。そういえば、あの紙にも環境破壊がどうのと書かれていた。
「君達にはその力があるんだよ」
「よく意味がわかりません」
「君は考えたことはないかい?もし、自分の必殺技がサッカー以外で使えるとしたら…と」
ない、とは言い切れなかった。考えたことはある、けれど実際に行動に移したことはない。僕が罰が悪そうに目を逸らすと研究者はカラカラと笑った。
「やっぱり君でもあるんだね。いいよいいよ、咎めはしないさ。で、僕の方で研究を進めていたんだけど、君の冷却能力や他の選手達の能力は足を中心に集まってるみたいなんだ。面白いとは思わないかい?サッカープレイヤーならではって感じだよね」
「……それで、僕をどうしようと」
「あぁ、君にはその冷却能力の強さと限界を調べさせて貰うよ」
は?
口から零れた一言は扉の閉まる音によってかき消されてしまった。そして、硝子越しにはあの研究者。にやりと怪しく口を歪ませたあと、何かのスイッチを入れた。
「?、…ぅあッ?!」
ずっしりと重くなる足。走った後の足に来る疲労なんかじゃない。何かが吸い取られていくような感覚…これは
『君には必殺技の発動状態を維持してもらうよ』
「なんッ…くっ!!なんで…?!」
『言っただろう?君の冷却能力の強さと限界を見ると』
スピーカーから流れる憎たらしい研究者の声。僕は硝子越しに睨み付けるが彼は愉快そうに笑っている。じゃらりと重々しく頭上で響く鎖の音。段々、足に力が入らなくなってきて崩れそうになるが、それを許さない鎖。ぎしりと軋む手首の痛みで現実に引き戻される。
「ぅ、あ、ァぁあっ、ああっ、ああああああああああッッ!!」
パキンッと大きな音を立てて個室全体が氷で覆われた。僕の足を中心に氷の大きさは増すばかりだ。気温が下がり始めた個室の中、僕はされるがままに室内を凍らせ続けた。
***
「吹雪が浚われた?!」
「あぁ、黒ずくめのやつらに車に詰め込まれてそのまま…!!」
「なっ…!?」
待ち合わせ場所から帰ってきた俺達は宿福にて、二人の帰りを待っていた。待ち合わせ場所には数名の黒ずくめの男達が待っていたが、見た目から怪しいと判断した俺達はそのまま引き返し、帰ってきたのだ。
「つなっ、綱海っ!!お前が付いていながら…!!」
「豪炎寺、やめろ!!」
「君らしくないよ」
「……すまねぇ。全部俺の責任だっ…」
全身ずぶ濡れになった綱海からふざけた感じは見受けられなかった。海好きとはいえ、綱海はジャージのまま海に入ろうなんてしない。それに、かなり距離があるのにも関わらず、濡れたまま走ってここまで戻ってきたのだ。これは、ただ事ではない。
「とりあえず、その車がどこに向かっていったかわかるか?」
「俺、海に落とされたからあまり当てにはならねーと思うけど…確か…左?」
「えっと、この地図で見ると…ここが綱海君達の待ち合わせ場所、綱海君は海に落ちて…その時どっち向いてた?」
「そりゃ、陸側を向いてたさ!!」
「じゃあ、この道を通ったとして…あれ?」
ぴたりと止まったヒロトをのぞき込むように風丸がどうした?と問い掛けたが、ヒロトは地図に食いついている。そして、ニヤリと悪役が何か面白い物を見つけたかのような笑みを見せた。
「みーつけた…」
***
『数値が5000を超えました』
『そうか…少し力を強めてみるか』
『現在レベル7ですが、レベル8に変更します』
やだやだ…やめて…
もう、ちからはいらない…
「ぁ、…ぅあ、ああっ、アぁ!!ああああッッ!!」
びくりと身体が跳ねて背後で氷が軋む音が聞こえた。真っ白で何もなかった個室は僕が作り出した氷の楽園になっていた。息も白くなってるから気温もかなり低くなっているだろう。足はとうの昔に力尽きて手首に全体重が掛かってる状態だ。
いつ終わるのだろうか?限界なんてわからない。気絶するまで?ただの拷問じゃないか。
「はぁ、はぁっ…うぁあ…ああああっ…たすけっ、て…だれか…あうっ!!」
霞む視界にはもう、研究者の姿は見られなかった。氷は僕を守ろうとしているかのようにそびえ立っていく。足以外はすでに感覚がない。衣類と鎖はとうの昔に凍り付いてしまった。あぁ、死にそう。やだなぁ。こんなのあんまりだよ。
『数値が10000に到達。これはすごいですね。普通のプレイヤーでも1000行くか行かないかなのに』
『吹雪士郎でこれだ。他のプレイヤーも気になるな。特にあの
エースストライカーの豪炎寺修也とか』
スピーカーから微かに聞こえてきた聞き覚えのある名前。豪炎寺君?豪炎寺君もこれをさせるつもりなの?そんなのダメだ!!僕一人で十分だ!!豪炎寺君にこんなことさせられない!!
「ゃ、らせな…い!!ごーえんじく、…にッ、こんなぁあッ!!ぜったいに、させない!!」
『おぉ、まだ元気ですね。今から最大出力量でも測り始めますか』
「ぇ、は…?っっっ?!な、なに?!ア゛ッ!!」
びくりと跳ねる身体。一瞬、何が起こったのかわからなかった。フラッシュバックした視界の中、足が無くなったような感覚にも陥った。
『最大出力、3000ですか…。素晴らしい…!!ぜひ、繁殖させたいものだ…!!』
「は、しょく…?」
ぼやける視界、氷の世界、そこに響き渡る残酷な死神の声に僕は意識を失いかけた…しかし、
「止まれ貴様等ッ!!!」
「ここは立ち入り禁止だ!!」
「おい、こいつらまさか…!!」
「「吹雪ーーッ!!」」
この声…、僕の幻聴じゃなければ…まさか…
「ご、ごぅえんじくん?…かぜ、まるく…?」
室内の氷よって見えないが、確かに二人の声が聞こえた。部屋の外では激しく口論する声と誰かと誰かが取っ組み合いをしている音がした。そして、しばらくして静かになったかと思うとスピーカーから凛とした響き渡った。
『吹雪君、大丈夫かい?』
「ひ、ろとくん?」
『もうすぐで、鬼瓦刑事が到着してあの人達は捕まるから。君も、もう大丈夫だ』
「…そ、かぁ…」
『ごめんね、すぐその部屋の扉を開けたいんだけど、凍り付いてて開かないんだ。その機械もタイマー性になってて強制終了できないみたいだし…それまで我慢を…って、え?』
ヒロト君の言葉が終わる前に、凍って開かないはずの扉が勢い良くはずれ、奥の壁に吹き飛んだ。氷が悲鳴を上げる音を立てながら楽園に入ってきた彼は…
「吹雪…!!」
「ごうえんじく…ん」
僕を暗闇の中から救ってくれた勇者だった。
***
「よかった…無事で…本当によかった…!!」
「うん、ありがとう…、ありがとう…」
布団に包まれた僕を更に豪炎寺が包み込んでいる。僕を護るようにそびえ立っていた氷は豪炎寺君によって溶かされて、僕は無事に救出された。そしてすぐに鬼瓦刑事が到着した後、研究者と黒ずくめの男の人達は逮捕された。パトカー数台が到着するまで時間が掛かるらしく、その人達は僕らの目の前で拘束されて床に座らされている。
「君は素晴らしいよ!是非、君の細胞を提供して欲しいものだ!」
「細胞…?」
「気になるね。どうして俺達だったのか…貴方達の目的がいまいちわからない」
研究者はヒロト君の言葉に待ってましたと言わんばかりに目を爛々としながら語り始めた。
「君達の能力を測定し、そして君達のクローンを作るのさ!!」
「クローン?!」
「…クローンを人間で生み出すことは禁止されてるはずだ。それに、俺達のクローンを生み出してどうするつもりだったんだ?まさか、サッカーで国家を脅したりでも…」
「まさか!そんな馬鹿真似はしないさ!寧ろ、世の中に便利なモノを作ろうとしていただけさ」
「便利な『モノ』?」
「そう!まず、君達の遺伝子を継いだ子供を作る。その中でより力の強い女を選び、そして君達のクローンを生み出してその女と強いモノ同士を掛け合わせる。そしたら…オリジナルの君達を凌ぐ程の力を持った子供が生まれるだろう?」
「……イカレてるね。そんなことしたら血が濃すぎて障害児にしかならないのに。掛け合わせのためだけに生み出される命なんてあっていいはずがない」
珍しく、吐き捨てるように言うヒロト君。彼だからこそ命の大切さを知っているのかもしれない。そんなヒロト君を見てもニヤニヤと笑い続ける研究者。そして、とんでもないことを口にした。
「生かせるための命じゃないんだから、そんなの問題はないさ」
「お、前ッ!!」
「ヒロト!!」
「落ち着けヒロト!!」
初めて見たかもしれない。ヒロト君がこんなに取り乱しているところは。豪炎寺君と風丸君が二人係で必死にヒロト君を止める。
「でも、実に残念だ。残念だ…君達の力でこの破壊を食い止められると思ったのだがな…残念残念…」
「環境破壊の阻止って…本当だったの?」
「あぁ勿論さ!この地球のためなら私は、
人間の一人や百人の犠牲にしたって構わない!」
***
あの後パトカーが来て研究者達は逮捕された。研究者は狂ったようにケタケタと笑ったまま僕たちの前から姿を消した。
足に力の入らない僕は一度、病院に行って検査とケアを受けて宿福へと戻った。しばらくは必殺技は禁止と言われた。勿論、練習も禁止。監督からは叱られてしまったけれど、無事で良かったとまるで父さんのように言ってくれた。
「あの人、実は良い人だったのかな…?」
「は?」
何を言っているんだお前は、とでも言ってるような顔をする豪炎寺君。なんか、表情が豊かになってきたね。
「本当に地球のためにやったことなら、ってね」
「それなら別の方法を取ればいいだろう?クローンだの実験だの馬鹿らしい」
「きっと優しすぎたんだよ。地球に優しすぎた。地球にだけにね」
「吹雪のクローンを作って溶けだしている北極の氷でも止めるつもりだったのか?」
「かもね。僕じゃ無理だけど。……まぁ、目標は大きくって言うし、10年後ぐらいにはできるようになりたいなー、なんてね」
僕の冗談に珍しく豪炎寺君はツボった。肩を震わせて声をかみ殺している。なんか、君のそんなに笑われるとすっごく恥ずかしくなってくるんだけど。とりあえず、照れ隠しに豪炎寺君の背中を思いっきり叩いた。