僕と豪炎寺君は同居している。確か大学からだったと思う。どっちかが誘って家賃そこそこのアパートを借りて暮らし始めたんだ。大学生の時までは、とても楽しい日常に浸っていた。お互いバイトや講義ですれ違うことが多かったが、僕達自身がすれ違うことはなかった。

でも、成人してから数年…豪炎寺君に彼女ができた。

実際、彼女なのかどうかわからないけど豪炎寺君がその女の人をよく家に連れてくるようになったのだ。あの豪炎寺君がだ。中学時代のマネージャーさん達は例外として、彼女以外にありえない。
最初、彼に紹介してもらったときは綺麗なお姉さんだなぁ…というのが第一印象だったが、段々その印象は崩されていった。本性を表したのは紹介されてから数週間後のことだ。優しくて綺麗なお姉さんは今じゃただの性格の悪いキャバ嬢にしか見えない。…まぁ、今のこの状況はこの人との衝突が原因なんだけど。
僕は今、公園のブランコに設置されてある柵に寄りかかって座っている。今何時くらいなのだろう?夜…いや、夜中かもしれない。ポケットには携帯と財布しか入っていなくて、それ以外は全部置いてきてしまった。あれだ、僕は世間一般で言う『家出』中なのだ。もう、あの家には戻ることはないだろう。で、今からどうしようかと悩んでいたところだ。

「とりあえず、実家に戻ろうかな…」

呟いてみるが、勿論それに肯定する返事など返ってこない。一人なのだ。一人ぼっち。空を見上げるとポツポツと肉眼ではっきりわかるぐらいの星達が光っている。東京の空は遠い。真上を向かないと空が見えない。北海道では上を向かなくたって空は視界の景色の一部として鮮やかに僕を見せてくれていたのに。

「東京は厳しいなぁ…う、わぁ!?」

上を向きすぎて後ろに倒れてしまった。背中が地味に痛い。でも、何よりも心の中にできたぽっかりと開いた穴の方が何故か、何故か痛かった。

喪失感…久しぶりに味わったが、両親とアツヤの時よりはマシだ。しかし、胸の中が気持ち悪い。中にぐちゃぐちゃしたものでもいるのではないかと錯覚してしまいそうな感覚…何なのだろう?

胸に手を当ててみるが、とくんとくん…と自分の鼓動しか感じられない。しばらく、目をつぶってその鼓動を感じていると遠くから足音が聞こえた。聞き覚えのある、癖のある走り方…これは


「吹雪っ…」
「やぁ、豪炎寺君こんばんは。どうしてここが?」
「GPSで…探したっ…」

あー、携帯の電源切っとけばよかったな。まぁ、でも豪炎寺君はまだ僕が彼女と衝突した家出をしたということは知らないはずだ。そもそも、彼女にも伝えてないしね。

「電話なりメールなりすればいいのに、何でわざわざ会いに来たの?」
「何となく…お前がどこか遠くに行くんじゃないかって…思って…」

変なとこだけ勘がいいね豪炎寺君。まぁ、その通りだよ。伝えてしまおうか。今まで我慢してきた彼女に対するどす黒い感情を。

「もう僕ね、帰らないから」
「は、」
「君は心当たりない?ないならないで君は全然僕のことなんて考えてくれてなかったってことになるけど、まぁいいや。僕は今までずっと我慢してきたんだ。君達に気を使って空気を読んで、できるだけ二人でいる時間をつくってあげようと努力した。他人の僕がだよ?なのに、君も彼女もそんな僕に感謝すらしてくれない。彼女は逆に僕が邪魔だと言ってきた。ねぇ、僕の気持ちがわかるかい?」
「それは…」
「僕の部屋はどんどん彼女の私物で覆い尽くされていくし、煙草は吸うわ薬にも手を出してる。僕はずっと目を瞑ってきたけどもう限界なんだ。君に免じて通報はしないけど、僕は実家に戻るよ。…言いたいことは?」

豪炎寺君は絶句していた。まぁ、それもそうだよね。僕からこんなにボロボロと彼女の悪態が出たのだ。驚かない訳がない。


「俺は、お前といたい…」

泣き我慢をしている子供のような声で彼は懇願するが、僕の心は不思議と冷めていた。『氷』と例えてもおかしくはない。

「僕は君の人形じゃない。君のために僕は存在している訳じゃないんだ。君にとって僕は愛玩動物並みの価値しかないんだろう?」
「違う…違う違う!!」
「何が違うんだい?どこが?どの辺が?僕は何を間違えてる?どこを間違える?!ねぇ!!証明してみろよ!!!!」

ガンっと金属の音が静寂した公園に鳴り響いた。頭に血が上りすぎてカッとなってやってしまった。曲がってしまったブランコの柵。ここまで、やるつもりはなかったんだけど。

「…ごめん、ごめんな…吹雪」
「………」

なんで、君が泣くの?
泣きたいのはこっちなのに

「寂しかったよな…ごめん、本当にごめん…ふぶき…辛かっただろ…?俺、何もわかってなくて…」
「…な、…んで?」

ゆっくりと近づいてくる豪炎寺君から逃げるように後ずさる。でも、何故かこの場から走って逃げることができなかった。足が思うように動かない。ついに、動けなくなってしまった僕は豪炎寺君に抱き締められた。力強く抱き締められた僕はどうすることもできなかった。

「ごめんな、吹雪…」
「………」
「許してもらうつもりはない。けど、これだけは言わせてくれ」
「………」



「好きだ」
「っ……」


「好きだ好きだ、大好きだ。愛してる。俺はお前が一番好きだ」
「嘘だ…嘘だ嘘だ。だって君には彼女がいるじゃないか…僕は、所詮君の人形なんだ!!」
「違う!!!!」

大きな声での否定。彼がだ。珍しい。

「俺はお前しかいない…無理矢理、女に手を出してみたがダメだった…お前じゃなければ俺は…どうかなってしまいそうで…離れてしまうと不安で怖くて怖くて…」
「そんなのっ…」
「信じられないのはしょうがない。自分のせいだってことは理解している。けど、」

肩から彼が離れた瞬間、唇に熱いものが触れた。彼の唇だと理解した刹那、ぬるっと何かが口内に侵入してきた。反射的に舌を引っ込めてしまうが、彼によって絡め取られてしまう。混ざり合って口の端から垂れる体液は殆ど僕のだけれど、不思議とこの行為に対する嫌悪感はなかった。口を離す頃にはお互い息が荒くなっていた。

「はっ、…だっさい…」
「っ、余裕がなかったんだ…」
「言い訳すると尚更だね…っ」

口を拭ってふらふらと立つと勢い良く世界が反転した。豪炎寺君押し倒されたのだ。酸欠で意識朦朧としていた僕は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

「行くな!!」
「は、」
「お願いだ、行かないでくれ!!お願いだから…」
「………」

こんな豪炎寺君初めて見た。子供のように嫌々と首を振って僕に必死にしがみついている。こんなに情けないのに、惨めなのに、いい大人が、なんて思うのに…何故か彼が僕を一途に思ってくれていることだけ感じる。

「…泣きたいのは、こっちの方なのに」
「ふ、ぶき…?」
「バカ!!豪炎寺君のバカ!!」
「バカでもなんでもいい…いくらでも罵ってくれて構わない」
「さ、…寂しかったんだからなぁっ……ばかぁ…!!」
「あぁ、ごめんな…ごめんな…」


豪炎寺君はよしよしと僕をあやすように頭を撫でてくれた。仰向けの状態で見た空は僕達を覆うように黒藍色が空間を包み、僕の涙と混じり合って潤んでいた。





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