虎丸君が倒れた。

カタール戦の前のことだった。土砂降りの雨の中、FW陣だけ残って練習をしていたら目の前で倒れてしまった。一番に駆け寄った豪炎寺君は虎丸君を抱き起こして額に手を当てて熱を計った。熱い、と呟いた豪炎寺君はそのまま虎丸君を背負って合宿所へと走っていってしまった。
そのとき僕は、虎丸君の心配をしながらも自分の中のよくわからない感情と戦っていた。ぐじゅぐじゅと胸の中を掻き回されるような感覚…気持ち悪い、と口に出したつもりはなかったけれど、ヒロト君に大丈夫?と言われた。ギリギリと胸元を握っていた右手の上にヒロト君は真っ白な手を添えてくれた。お礼を言いつつ、僕らも豪炎寺君達の後を追うように合宿所へと戻った。







「ふぶきー、風呂入ったかー?」
「まだだけど、後で入るよ」
「んー、わかったー」

ドア越しの会話を終えてキャプテンの足音が遠ざかるのを待った。暗い静寂が戻った時、僕は大きな溜め息を一つ。ぽたりぽたりとずぶ濡れの全身から雨雫が頬や髪を伝って床に落ちる。着替えや電気を付ける気力すら僕には残っていなかった。壁にもたれて座り、捨てられた人形のような格好でグラウンドにいたときから続いている胸の中の感覚と戦っていた。


ぐぢゅり、ぐぢゅり


自室に戻っても感覚は消えない。頭の中から虎丸君を心配する豪炎寺君の姿が消えない。どうすればいいんだ。こんなの初めてだ。耳を澄ませると微かに聞こえてくる雨音。雨は…あまり好きではない。サッカーは出来ないし外に出ることもできない。傘を差すのなんてめんどくさいし、アスファルトを流れていく雨水を踏みつけてしまったら靴が濡れてしまう。それに、下手したら雷まで鳴る…。雷は…嫌いだ。
頬を伝って床に落ちていく雫なんて気にせず、僕はひたすら外の雨音を聞かされながら暗闇の中、ぼんやりと主張している真っ白な壁を見つめていた。










***



「ふしゅんっ…」

自分のくしゃみに驚いて目が覚めた。あぁ、寝てたのか。濡れたままなのに、風邪を引いたかもしれない。
服や髪はまだしっとりと濡れているが、雫が伝い落ちるほどではなかった。結構乾いているということはかなりの時間が経っているに違いない。

「寒い…」

当たり前だ。生乾きと言っても濡れているのには変わりはない。僕は身体をのろのろと動かして立ち上がった。そして電気を付けずに手探りで着替えを探し、それを持って真っ暗な廊下に出た。消灯時間は過ぎているのだろう。廊下の電気は疎か、人が起きている気配すらない。
僕は足音を立てないように靴を脱ぎ、裸足で風呂場まで行くことにした。夕飯は逃してしまったが、お風呂には入りたい。でないと完全に明日は風邪引きコースだ。ペタペタと気配を消しながら歩き、階段を下りて大浴場に着いた。『湯』とでかでかと書かれた暖簾に潜り、戸を開けた。脱衣所は広々としていて静まり返っており、真っ暗だ。とりあえず、監督にバレないように大浴場の電気だけ付け、脱衣は大浴場のガラス越しの淡い光で済ますことにした。

「あ、」

そういえば、お湯は残っているのだろうか?この時間帯だ、最後の人が浴槽の栓を抜いてしまっているかもしれない。

「…まぁ、いいか」

シャワーさえ浴びることが出来ればそれでいいと自己解決。そして大浴場の扉に手を掛けて開けた。思った以上の熱気に少し驚きつつ浴槽を覗いてみる。お湯が残っていた。

「…抜き忘れたのかな?まぁ、僕としてはありがたいけど」

とりあえず、身体と頭を洗って湯船に浸かった。最後だし髪を上げなくてもいいだろう。ふぅ、と一息つくとガラッと背後で扉が開く音がした。それに驚き、お尻から滑ってしまって軽く溺れかけた。

「がはっ、〜っ!!鼻に入った…!!」

つーんとした鼻の痛みに耐えていると背後に人の気配。振り向くとそこには

「…何してるんだ?」

腰にタオルを巻いた豪炎寺君が立っていた。








***


「………。」
「………。」

どうしてこうなった?


僕の後に入ってきたのは豪炎寺君だった。何してるんだ?と聞かれたから溺れかけたと答えたら、そうかとだけ言って身体を洗いに行ってしまった。なんか、タイミングというモノがなくて僕は湯船から出ることが出来なかった。そしてついに豪炎寺君が湯船に入ってきてしまって今に至る。

「………。」
「………。」

静寂した大浴場に雫の落ちる音だけが大きく反響した。ぴちゃん、と不規則に奏でる雫に何となく急かされているような気分になる。豪炎寺君は僕から1メートルくらい離れたところに座って湯船に浸かっている。そういえば、なんで豪炎寺君はお風呂入るのが遅くなったんだろう?聞いて、みようかな。

「豪炎寺君、今日はお風呂入るの遅いんだね。どうしたの?」
「ん?あぁ、虎丸を家まで送って看病してたら遅くなった。虎丸の母さん、身体弱いらしいから手伝ってたんだ。そしたらこんな時間になってしまった」
「あぁ、夕方倒れちゃったもんね。虎丸君、大丈夫?」
「熱は大分下がったけど、明日は休みだろうな。安静にしとかないとぶり返す可能性があるし」
「そっか…」
「吹雪も、今日は遅いんだな」
「ぁー、僕は練習終わった後に寝落ちしちゃってさ。さすがに濡れたままだと絶対風邪引きコースだったから入ったんだけど…」
「まさか、あの後濡れたまま…」
「うん。ずぶ濡れなのに寝ちゃった」
「はぁ……馬鹿なのか?お前まで風邪引いたらどうするんだ…」

なんか、僕には冷たくない?まぁ、僕はいつもスタメンだから抜けられたら困るのは分かるけど…。虎丸君と扱いがまるで違う。虎丸君には看病までして、僕には指摘だけ?いや、僕まだ風邪すら引いてないけどね。ぐちゅっと胸の奥で何かが動いた。
「(またこの感情……。気持ち悪い…)」

なんで豪炎寺君を見るたびこんな気持ちにならなければいけないんだ。ていうか、この胸の中の気持ち悪いのは何?豪炎寺君のせい?豪炎寺君が何かしたの?
僕はこの感情から少しでも早く解放されたくて豪炎寺君本人に聞いてみた。

「豪炎寺君さ、僕に何かした?」
「………………は?」

完全に分からないって顔をした豪炎寺君。眉間に皺を寄せて『何言ってるんだコイツ…』とでも言いたそうな表情をしている。当たり前だ。でも、僕はそんなのお構いなしに続けた。

「豪炎寺君を見てると胸が痛いんだ。豪炎寺君が虎丸君と一緒にいたりすると、何か、胸の奥が気持ち悪い。ねぇ、僕に何かしたの?」
「………はぁ…」

駄目だ。全然分かってない。豪炎寺君には心当たりはないのか…。じゃあ、この胸の中にあるのはなんだろう?豪炎寺君が原因なのに…彼は知らないと言う。どういうことなんだ?

「吹雪は、その…俺のことが嫌いなのか?」
「え?なんで?そんな訳ないじゃないか」
「…………」

豪炎寺君、口抑えてる…。え?なんか変なこと言った?

「いや、でも…俺、吹雪に嫌われるようなことしかしてないよな?」
「?、そう?例えば?」
「例えば…、雨の中置き去りにしたり…、腹シュート決めたり…」
「なんでそれで僕が君を嫌うのさ。あれは豪炎寺君なりの優しさだろ?僕はちゃんと感謝してるよ。豪炎寺君のお陰で今の僕がいるんだから」
「そ、そうか…」
「うん」

再び訪れた沈黙。豪炎寺君の方をちらりと盗み見ると心なしか頬が赤くなっていた。あ、耳も赤いや。そして眉間に皺を寄せてさっきとは違う何とも言えないような顔をしていた。

「とりあえず、それは負の感情ではないんだな」
「うん、それはないよ。だって僕、豪炎寺君のこと大好きだか…え?」

いきなり立ち上がって湯船から出て行く豪炎寺君。え、ちょ、ちょっと待ってよ。僕も豪炎寺の後を追うように湯船から出た。勿論、浴槽の栓を抜いて





「なんで会話の途中で上がるのさ」
「のぼせた」
「…僕より後に入ったのに?」
「お前が変なこと言うから…」
「え?なんて?」
「何でもない」

がしがしとタオルで髪を拭く豪炎寺君。そういえば、髪下ろしてるの間近で見るの初めてかも…。僕も湯冷めしない内に髪や身体を拭いて新しいジャージを着た。勿論、ドライヤーで髪も乾かした。そして、濡れたユニホームはまとめて、脱衣所の隣部屋に設置されてある大きな洗濯機に放り込んだ。

「吹雪、靴はどうした」
「……あ」

裸足で来たのはいいものの、靴を忘れてしまった

「部屋に忘れてきた…」
「はぁ?」
「足音、立てないようにって、裸足でここまで来たから……どうしよう」

せっかくお風呂に入ったのに足が汚れてしまう。なんでスリッパとか用意してくれてないんだ此処は。

「仕方ない、俺がおぶろう」
「え、?」
「ほら、早く来い。あ、これ持っといてくれ」

着替えやら洗面道具などが入った袋を渡して僕に背中を向ける。え、これって

「そ、そ、そんな!!悪いよ!!僕、重いし!!」
「そんなひょろひょろで重いわけあるか。体重言ってみろ」
「37…」
「俺は50だ。ほら乗れ」

十数センチ差で体重もここまで変わるのか…。僕は渋々と豪炎寺君の背中に覆い被さった。余裕綽々と立ち上がって大浴場を後にし、階段を上っていく。お風呂上がりというのもあるだろう、豪炎寺君の背中がとても温かかった。うとうとしてるとすぐに僕の部屋に着いてしまった。でも、僕は豪炎寺君の温もりから離れたくなくて

「吹雪、降りろ」
「やだ…」
「こら、」
「ごうえんじくん…あったかい…」
「風呂上がりだからな」
「いっしょにねよ…」
「一人で寝ろ」
「あったかい…」
「………」

ここで僕の意識は無くなったんだけど、次の日起きたら豪炎寺君の部屋だったから、きっと一緒に寝てくれたんだろう。そういう優しい所も僕は大好きだ。








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