最近、吹雪先輩の様子がおかしい。やけにそわそわしているように見える。ホーリーロードが終わってから数ヶ月…俺達は自由なサッカーを取り戻し、自分達の日常に。吹雪先輩も、北海道へと戻っていつも通りに毎日を過ごしていた。監督だった熊崎は解雇され、代わりに吹雪先輩が就任したが、本人は『監督とか、そんな大層なのは似合わないよー僕』なんて言っていた。
話が脱線したが、最近吹雪先輩の様子がおかしい。練習中はいつも時間を気にしてるし、部活は早めに上がる。監督なのに。部員のみんなは『用事があるんだろう』と思ってるみたいだけど、この数日間ずっとそうなのだから気になってくる。

「なぁ、お前も気になるだろ?」
「なんで俺なんだ…」

先に部活を上がった吹雪先輩の後ろ姿を見送りながら隣にいた白咲にこずいた。白咲は関わりたくないという顔をしていたが、俺はお構いなしにコイツをズルズルと巻き込むことにした。

「愛人にでも会いに行ってるんじゃないか?」
「ないない。吹雪先輩の愛人は東京にいる」
「…よく知ってるんだな」
「別に知りたくて知った訳じゃない」
「じゃあ、浮気とかか?」
「…………」
「……どうした?」
「マジかよ!!!?」








雪村豹牙(14)、人生初めてのストーキングに挑戦してみることにした。



早速、全速力で部室に戻り全速力で着替えを済ませ全速力で吹雪先輩の後を追いかけた。電柱の陰にこそこそと隠れながら吹雪先輩の様子を窺う。吹雪先輩が俺に気付いている素振りはない。鼻歌を歌いながら軽い足取りで除雪された道をひたすら歩いている。商店街に入っても愛想良く八百屋のおばさんや居酒屋のおっさんとかに挨拶をしてる。顔馴染みなのか、おばさん達からは『士郎ちゃん』とか、おっさん達からは『吹雪の坊主』や『しろ坊』なんて呼ばれてる。

「それにしても…」

吹雪先輩はどこに向かっているのだろう?確か、吹雪先輩の家は正反対のはずだし、実家も同じ方面にあると聞いた。しかも、吹雪先輩は車を持っていたはず。何故、車でその場所に向かわないのだろうか?

「あ、曲がった」

ずんずんと学校からここまで真っ直ぐ進んでいた先輩がやっと右折した。見失わないように気配を消しつつ迅速に後を追う。次は左。その次は右。気が付くと辺りはだんだんと暗くなり、民家の数も少なくなってきた。そして、いつの間にか…

「(なんで…なんで登山してるんだよ…!!)」

吹雪先輩は相変わらず鼻歌を歌いながら軽い足取りで登山している。何この人怖い。林を掻き分けて登り切ると広い道路に出た。ここで俺は確信した。多分、吹雪先輩は近道をしたのだろう。ぐにゃぐにゃと道路通りに歩くのがめんどくさくて真っ直ぐ突き進んだ結果がプチ登山だったという訳だ。

「めんどくさがりめ…」

小さく悪態を吐きながら、十数メートル先の吹雪先輩の様子を窺う。先輩はごそごそとポケットを弄って何かを探していた。しばらくすると探し当てた小さなそれを手に持って再び歩き出した。

「鍵…か?」

それならもうすぐで目的地に着くということか。俺は最後まで気配を察されないよう慎重に追跡を再開した。







「?…??」

吹雪先輩をストーキングして多分、かなりの時間が経った。学校からここまで多分、1時間弱ぐらい歩いたに違いない。そして俺は今、その目的地に到着した。

「でか…」

一軒のモデルハウスのような家に着いたのだった。吹雪先輩はその家に普通に入っていった。

駐車場にはちゃんと吹雪先輩の車が止めてあった。恐らく、ここに事前に止めておいて徒歩で学校まで来たのだろう。…徒歩って。まぁ、それは置いとこう。問題はこれからどうするかだ。流石に不法侵入なんてできない。ここが先輩の浮気相手の家だと思うと東京にいる豪炎寺さんに同情してしまう。ドンマイです。
とりあえず、名字だけても確認しておこうと表札を探した。

「あ、これか。…ご…えん…じ………あ。」



“豪炎寺”



「まさかここ…」
「あれ?雪村?」



俺の人生初めてのストーキングはここで終了した。












「すみませんでした…ただの、出来心だったんです…ほんと、すみませんでした…!!」
「いや、いいよいいよ。何も事情を話さなかった僕が悪いんだし。雪村は気にしなくていいよ」

偶然外に出てきた先輩に見つかった後、俺は家に上げてもらい謝罪を繰り返していた。吹雪先輩は笑いながら許してはくれているのだが、俺は何故か先輩が心配になる。こんな調子で本当にストーカーなんかと出くわしたらこんな風に許してしまいそうだ。変なとこで抜けてるからなこの人。

「あ、の…先輩はどうしてここに?最近部活を早めに上がっているのはここに来るためだからですか?それにここの家の表札に『豪炎寺』って…」
「あー…全部説明するよ。えっとね、ここは豪炎寺君の別荘なんだ」
「へぇー」
「2年前まで僕達、ここで一緒に住んでたんだけど、豪炎寺君が聖帝になってからめっきりさ。豪炎寺君は東京に…僕は自分の家に戻っちゃったんだ。で、今週豪炎寺君がこっちに来るって聞いて慌てて片付けてるんだけど…」

吹雪先輩は視線を逸らして部屋の方に向ける。つられるように俺も視線を向けるとまぁ、そこはすごいことになっていた。

「2年間放置するとあんな風になるんだね…ほんと、自分でも参ったよー」
「埃のオンパレードですね」
「因みに、今日は冷蔵庫の探索をするつもりなんです隊長」
「マジですか…健闘を祈る…!!」

ビシッとお互い敬礼をして笑い合った。まさかノってくれるとは…。

「あ、じゃあ俺も手伝いますよ。せっかくここまで来たんだし」
「え、でも大丈夫なのかい?親御さんとか心配しない?」
「大丈夫ですよ。父は単身赴任でいないし、母は夜勤でそろそろ出勤する時間なので心配はしないと思います。母とすれ違うのが普通なので先輩は気にしなくていいですよ」

そう言いながら土日にしか顔を合わさない母のことを思い出した。そういえば、いつからこんな状況なんだっけ?
吹雪先輩は数秒驚いていたが、たったの数秒だ。そのあとは俺を見ながら「なるほど、だからか…」なんて呟いていた。

「帰りは僕が送って上げるよ。夕飯も一緒に食べようか」
「あの冷蔵庫の中の食べ物は遠慮したいですね」
「さすがに僕もそんなことしないよ。外に食べに行こう」

と言うわけで、別荘の掃除をする代わりに吹雪先輩にご飯をおごってもらうことになった。








「先輩、ベッドはどうすればいいんですか?」
「あー…シーツと枕は捨てていいよ。うーん、今干しても意味ないしなぁ。ドライヤーの熱風でも当ててダニやらなんやら殺せるかな?」
「んな無茶な」

危なすぎます、それ

「だよねぇ…。じゃあ、それ置いといて。………!!見て見て雪村!!この大根花咲いてる!!」
「すげぇ!!…うわぁあ?!先輩!!蛆虫!!」
「え、…うわわわわっ!!」

先輩は思わず大根を放り投げるとそれを開けっ放しの外へと思いっきり蹴った。大根は緑色の残像を残して外へと姿を消した。遠くの方で草が掠れるような音がしたから林にでも落ちたのだろう。

「……冷蔵庫探索つらぁ…」
「もう全部捨てちゃいましょうよ。消費期限とっくに過ぎてるんだから…」
「そうだね…全部捨てよう。雪村は2階を宜しくね」
「いいですけど、無駄に広いですね…この別荘」

別荘とはいえ二人暮らしなのにいくつ部屋があるんだ。

「あー、それ僕も疑問に思って聞いてみたんだけど、豪炎寺君曰わく『こっちに遊びに来られたら大変だろ?』だってさ」
「?、つまり?」
「円堂君や鬼道君達が一気に遊びに来たら泊められる場所がないとせっかく北海道まで来てくれたのにホテルに泊めさせるわけにはいかないだろう?だから客間を増やしたんだって」
「あぁ、なるほど…」

客間なのか、二階のほとんどの部屋は

「ごめんね、雪村…。冷蔵庫探索終わったらご飯食べに行こう。それまで二階の掃除よろしくね、やれるとこまででいいから」
「はい、わかりました」

そう言うと俺と先輩はそれぞれの持ち場に戻った







「?、なんだこれ」

掃除を再開してから30分後のことだ。とある客間?の物入れを開けて中の埃を掃除していたら中にはポツンと一つの小さなダンボールが置いてあった。

「埃すごいな…げほっ…」

その埃だらけのダンボールをずるずると引っ張り出して上の埃を払って中を確認してみた。中には古くなったアルバムがぎっしりと入っていた。そして

「これ、イナズマジャパンのユニホーム?」

10年前、日本を世界一へと導いたイナズマジャパンのユニホームが入っていた。かなり古ぼけてはいるが、本物のようだ。このダンボールは吹雪先輩のものなのだろうか?ふと思ってユニホームの背番号を確認。




10番だった









「雪村ー、終わったからご飯食べに行こうかー」
「ぇ、あっ、はーい」

先輩から呼ばれて俺はユニホームを畳んでダンボールの中に入れ、物入れに戻した。そして、無造作にほったらかしていた雑巾とバケツを持って先輩の待つ一階へと駆け下りた。


「お疲れ様、寒いのに雑巾がけなんてさせてごめんね。さて、行こうか」
「はい…あの、吹雪先輩…」
「んー?」

くるくると鍵束を回しながら吹雪先輩は靴のつま先で遊んでいる。鍵束を回すのは癖なのだろうか?目線はつま先なのに上手に回している。ペン回しのごとく。すげぇ。

「吹雪先輩がイナズマジャパンのとき、背番号って…」
「ん?イナズマジャパン?…ぁー、僕は9番だったよ」

それがどうかしたの?とでも言いたそうに先輩は小首を傾げる。俺はそうですか、とだけ答えて先に玄関外へと出た。
外は完全に日が沈みきっていて、冷たい風が頬にあたる。山上なだけに夜道は暗闇の中、真っ白に輝く頼りない街灯がぽつぽつと自分の存在を示しているだけだ。街灯と街灯の間の道は暗くて何も見えないだろう。街灯意味なし。俺は今更、吹雪先輩に送ってもらえてよかったなんて思った。

「イナズマジャパンかぁ…懐かしいなぁ…。二階で何か見つけたのかい?」
「えっと…ダンボールを見つけたんです。どこの客間かはわかりませんが。その中にイナズマジャパンのユニホームが入ってて…」

先輩は車のドアノブに手をかけようとした瞬間ぴたりと停止し、驚いたような顔で此方に振り向いた。

「何それ…僕のじゃない…ていうか、そんなの知らない…」
「え?、えーと…」
「そのユニホーム、背番号10番でしょ?いや、絶対10番だ。10番じゃなきゃおかしい」
「10番、でしたけど…豪炎寺さんの背番号なんですか?」
「うんっ、そうだよ」

先輩は自分のことのように嬉しそうな顔で肯定した。うあ…、こんなに嬉しそうな先輩初めて見たかもしれない

「イナズマジャパンのエースストライカーは豪炎寺君しかいないよ」
「先輩は?」
「僕?僕はリベロみたいなものだよ。攻撃に参加するDFさ。アジア予選ではFWだったけどね」
「リベロ、かぁ…」

車に乗り込みながらリベロのことについて考えてみた。ホーリーロードでは攻撃に参加するだけだったが、吹雪先輩のように守備も出来るようになったら…

「チームを勝利に導けるかも…」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も」
「そっか、じゃあご飯どこに食べにいく?僕的には焼き肉食べたいな焼き肉」
「先輩のトング食いが見られるんですね、光栄です(笑)」
「(笑)って何さ、(笑)って…。…トング使って食べるけどさ」
「(笑)」
「やめてよその笑い方」

苦笑しながら吹雪先輩は焼き肉屋に向かって車を進めだした。










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