今日の夕飯は吹雪先輩におごってもらった。先輩は味噌ラーメンが好きだから必然的に味噌ラーメンになったけれど、それでも別によかった。
聖帝…イシドシュウジに呼び出されてしまった先輩はどうなるのだろうとふと思った。聖帝直々に呼び出しを食らってしまったのだからあまり良いことではないだろう。吹雪先輩は呑気に「腹ごしらえー」なんて言ってラーメンを食べていた訳なんだが…。そこのところ先輩はズレていると思う。そこが先輩の良いところでもあるし悪いところでもある…多分。人間、完璧な人なんていないというのは分かっている。絶対何かが優れていても他の物が欠落しているのだ。所謂、顔はいいけど性格が悪い奴のことだ。
話が脱線してしまったが、吹雪先輩にだってその欠落している部分は絶対にあるはずだ。いっつも優しい先輩面をしているけれど仮面を外せばあら不思議、腹黒い先輩が!…なんてオチを何回考えただろうか?まぁ、その予想は簡単に打ち砕かれたんだが…







「先輩?」
「…………」

夜の10時過ぎのこと。コンビニ帰りの俺は静まり返った商店街の隅で丸くなってうずくまっている吹雪先輩を見つけた。行きがけは気付かなかったけど、夜目に慣れた帰りがけで気付いた。勿論、北海道だから雪は深々と降っており、吹雪先輩の頭や肩に大量に積もっている。

「吹雪先輩?死にますよ?」
「…………」

フードを被っているから髪は濡れてはいないが、身体に積もった雪の量を見るとかなりの量だ。何時間ここにいたのだろうか?

「せんぱーい?」
「…………」

雪を払って揺すってみるが動かない。倒れもしないから寝てるということもないだろう。勿論、死んでもいない。とりあえず、顔が見たくて先輩の頬に手を添えてみるとかなり熱を帯びていた。

「先輩?!もしかして熱が…!!」
「…ない」

やっと口を開いたと思ったらその一言だけだ。明らかに様子がおかしい。いつもの先輩なら「熱なんてないから安心して。心配かけてごめんね」まで言うはずなのに…

「先輩、本当にどうしちゃったんですか?早く帰って身体をあたためないと風邪ひきますよ」
「…………」

これはあれだな…絶対何か言われたんだろうな。イシドさんから。数時間までは呑気にラーメンを食べてた先輩がこんなになるほどの何かを言われたに違いない。…と言っても、こんなこと推測したって吹雪先輩がここから動いてくれる訳ではない。さて、どうしたものか…

「…吹雪先輩、もし絶対にここから動かないんだったら俺…警察呼びますけどいいですか?」
「……ごめん」

吹雪先輩はあっさり折れた。流石に警察沙汰になるのは嫌なんですね。
先輩は身体の筋肉が固まっているのか、ゆるゆると立ち上がり俺を見る。

「先輩…泣いてたんですか?」
「………」
「なんか言ってくださいよ」
「ごめんね…」

すんっと鼻を鳴らして涙を拭う先輩はどこか幼げで迷子の子供のような顔をしていた。
当たり前だが、俺は吹雪先輩の泣き顔を初めて見た。思ったより子供っぽく泣くんだなと思った。

「…イシドさんと何かあったんですか?」

ぴくんっと僅かに肩が揺れ、目が大きく見開かれた。図星か…いや、それ以外理由はないだろう。俺は先輩を見つめ続けるが、先輩はばつが悪そうに目をそらす。一旦俺は、肺に溜まった物を全て吐き出して再び先輩に向き直った。

「先輩、干渉しないと言ったのは俺です。だから俺はあんたらのいざこざに首を突っ込むつもりもありません。でも、心配かけるようなことはしないでください」
「ごめんね…ゆきむら」

なんだこれ…。まるで俺が先輩を泣かせたみたいじゃないか。
正直、先輩とイシドさんとの間で何かあったのかは気になる。でも、大人の事情に子供の俺が首を突っ込んで更にこじれさせるのは目に見えている。だって、中二の時点で人間関係が上手くいってない俺が二人を仲介させようとしたって改善どころか悪化するだけだ。勿論、そんなのにも疎いから相談相手にもならない。

「せんぱ「僕ね」

ぽつりとはっきりした声で先輩は語り始めた。先輩は相変わらず目を潤ませて赤面したまんまだったけれど。

「僕、彼のこと好き…大好きなんだ。でも、大嫌いなんだ。なんでだろう?だって今の彼は僕が好きになった彼じゃなくて…でも、それも全部君で…僕は心が広い人間じゃないから裏切られただけでも嫉妬するし引きずるし…でも、好きなんだ本当に…」

混乱しているのか少し理解しずらいが、多分これが先輩の本音だろう。『好き』という気持ちが溢れている。一途にイシドさんを想う吹雪先輩はとても綺麗に見えた。あぁ、そうか…吹雪先輩はイシドさんのことが好きなのか…恋愛方面で

「流されちゃいけないってわかってるのに…僕に、あんなことして…期待…持たせといて……っ!!」
「せ、先輩?」

ふらふらと俺から離れると先輩は大きく息を吸ったと思うと大声を吐き出した。






「……っじしゅうやぁああああああああああ!!!!絶対絶対ぜーっっっったい、今度会ったら腹シュートしてやるからなぁああああああああああ!!!!3倍返しでピアスと一緒に君の耳を食いちぎってやるからなぁあああああああああああ!!!!覚悟しとけぇえええええええええ!!!!」

雪降る黒雲に向かって叫ぶ吹雪先輩の姿はまるで遠吠えをする狼のようだった。





















***



「……何してるんですか?イシドさん」
「…えーと、君は」
「白恋中の雪村です」

聖堂山と雷門の試合が終わった後、吹雪先輩はどこかへと消えてしまった。選挙の結果発表を終えて隣を見たらいつの間にかいなくなっていたんだ。で、会場内を探し回っていたら壁に凭れているイシドさんを見つけた。

「あぁ、吹雪の教え子か…。因みに、もう俺はイシドではないぞ。豪炎寺だ」
「では豪炎寺さん、吹雪先輩を知りませんか?」

ぴしっと固まってしまった豪炎寺さん。何かあったんだな…

「吹雪は…俺の鳩尾に蹴りを入れた後、俺の耳を思いっきり噛んでどこかへ行ってしまった…」
「……………へぇ」

本当にやったのか、あの人。

「そんなに嫌だったのか…耳噛むの…」
「痛いのは誰だって嫌ですよ。吹雪先輩、かなり怒ってましたよ。耳食いちぎられなくて良かったですね本当」
「まぁ…ピアスが犠牲になったんだけどな」

イシドさんの手には見事に粉砕したピアスが一つ。これを前歯だけで噛み砕いたと考えると…恐ろしい

「去り際に吹雪に『これで勘弁してやる』と言われた。鳩尾の蹴りとピアス一個…全然安いな」

ふっと笑う豪炎寺さんはどこか悲しそうだった。後悔しているのか、それとも悪いと気にしているのか…豪炎寺さんが何を思っているのか、思いやりに疎い俺には理解できなかったが、とりあえず確信できたのはこの人はちゃんと吹雪先輩を幸せにするだろうということ。










「愛されてますね、吹雪先輩」





生まれて初めて俺は「恋愛」と言う物を少しだけ理解できた気がした













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