11月某日。
今日は雷門高校の文化祭が開催されていた。
模擬店開店時間の数十分前、吹雪が所属する1年C組ではクラスメート達がバタバタと最後の準備に取り掛かっていた。吹雪とはというと、学ランの袖を肘あたりまで折り曲げてぼーっと窓の外を眺めている。

「吹雪、ぼけーとしてないで手伝えよ!!」
「はぁい」

クラスメートの男子から怒られながら、吹雪はゆるゆると視線を窓から逸らした。手伝えと言われても何をしたらいいんだ。C組は喫茶店で吹雪は飾り付けや買い出しの係りだった。それはすでに昨日の時点で終わらせている。だから自分の仕事はもうない。じゃあ、何を手伝えばいいのか?吹雪はふらふらとみんなが忙しそうに走り回ってる教室をただ暇そうに歩き回っていた。

「吹雪ー、昼飯一緒に食わねぇ?」
「ごめん、豪炎寺君と午後から回る約束したから」

豪炎寺とは一年にして三年の先輩からエースストライカーの座を奪い取ってしまったほどの実力を持つ吹雪の恋人。豪炎寺のクラスはF組だが、いつも吹雪の側にいる姿を見て皆からは『クラス違うのにいつも一緒にいる仲良しコンビ』として承認されている。


「吹雪君、今暇?暇よね?かなり暇よね?」
「え、何だい?暇だけど…」

実行委員の女子がずいずいと吹雪に迫ってきた。嫌な予感しかしない…。

「あのね!メイド服を着る中嶋さんが部活の出し物の方に行っちゃってね…お願い吹雪君!!これ着て接客して!!」
「え…、えぇえええええええ!!!??」

これなんだけど、と言いながら袋から取り出したのは黒と白の生地を使ったかなりシンプルなメイド服だった。しかし、胸元は開いており、谷間を隠すようにネクタイが付いている。

「な、なんで僕なの?」
「吹雪君、小さいじゃない」
「他の女の子達に頼めば…」
「だって、吹雪君足速いじゃない」

足の速さとか関係あるの?内心で思いながらメイド服と実行委員さんを交互に見る。メイド服…これを自分が着るということは女装…するということになる。

「僕、男なんだけど…」
「大丈夫、ネタとして扱われるだけだから」

それ、全然大丈夫じゃない。時間がないからと実行委員さんは無理矢理吹雪にメイド服を押し付けて教室から追い出した。追い出された吹雪しばらく呆然と自分のクラスの扉を眺めていたが、溜め息を一つ吐いて着替えるために男子トイレへと向かった。















AM.9:53
模擬店の開店時間から約一時間が経とうとしていた。校内は見事に人だらけで、中庭は最早お祭り状態だ。豪炎寺は人混みの少ないルートを選び、ぶらぶらと校内を巡っていた。午後から吹雪と落ち合う予定だが、豪炎寺はクラスの出し物が展示だったため午前から暇を持て余していた。

「暇だ…」

自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら、豪炎寺は屋上へと続く階段に腰を下ろした。円堂や風丸…他のサッカー部のメンバーは皆、模擬店やらで忙しく、誘える雰囲気ではない。同じクラスの友人達を誘えばいいのだが、さすがに午前だけ一緒に回るのは都合が良すぎる。

「さて、どうやって暇を潰そうか…」

飲みかけの缶コーヒーを自分の傍らに置き、制服のポケットから二つ折りにされたパンフレットを取り出した。広げてみるが、興味をそそる物がない。
食べ物類は昼前だから置いといて、迷路やらお化け屋敷などに着目するが一人で入って楽しいものではない。寧ろ空しくなるだけだ。

「…吹雪のクラスの喫茶店でも行こうかな」

暇だし。豪炎寺は残りのコーヒーを全て飲み干し、パンフレットを再びポケットに入れてその場を後にした。
















「あ、豪炎寺君じゃない!吹雪君に用?」
「いや…ただ単に来ただけだ」

吹雪が所属する1-Cの喫茶店に来てみた。店内となっている教室はかなりの人で賑わっている。大変そうだ、なんて人事ですまして案内された席に着こうとした瞬間、見覚えのある小さくて白い人物が豪炎寺の視界の端を過ぎった。

「…?………は??!!」

思わず反射的に驚きの声を上げてしまい、しまったというように豪炎寺は自分の口を手で塞いだ。しかし、店内が騒がしかったようで誰一人今の豪炎寺の声には気づいていない。

「お、豪炎寺。気付いた?」

いつの間にか側にいた男子が豪炎寺に水を持ってきていた。それを机に置くと豪炎寺と共にある人物を見る。豪炎寺はぽかんと口を開けて一時停止。

「あれ…もしかして…」
「流石にお前は気付くか…。うちの客引き様だよ。あいつのお陰でうちが賑わっていると言ってもいい」
「………」

豪炎寺達の視線の先には小さなメイドがいた。そう、ふりふりのメイド服を着た吹雪が忙しそうに注文を聞いていたのだ。ずっと吹雪を見つめていると流石にこっちに気が付いたらしく、豪炎寺を見つけた瞬間手に持っていたおぼんを落とした。

「ご、っご…ごうえんじ…くっ…!?」
「いや、あの…」

見る見るうちに顔を赤くしていく吹雪に豪炎寺も何故か恥ずかしくなってきてしまった。しばらく二人で赤面していると吹雪が口を開けて何かを発しようした瞬間、

「ねぇねぇ、一緒に写真撮らない?」
「注文いい?」
「ねぇ!そこのメイドさーん!!このあと暇?」
「『はい、あーん』とかしてくれないの?」
「『ご主人様』って言ってみて?」

客からの次々の要望に、いつの間にか吹雪はたくさんの人々の中に埋もれてしまった。豪炎寺と引き離された状態となってしまい、説明なんてできる状況ではない。

「……やっぱ人気だな」
「…そうだな」
「どうしたんだ?顔怖いぞ?」
「別に」

ふいっと吹雪から視線を逸らし、冷たい水を喉に流し込んだ。なんだろう…喉の奥が気持ち悪い。水を飲んでも抜けない感覚に豪炎寺は疑問を抱いていた。











「やっと…解放された…」
「お疲れ様ー、豪炎寺にかまってやれ。すっげー不機嫌そうだぞ?」
「そうだった…ちゃんと説明しなきゃ僕がオカマみたいだよね」

はぁ…と溜め息をを吐きながら、とことこと豪炎寺の元へと向かった。豪炎寺は吹雪のクラスに置かれていた学級文庫に手を伸ばし、注文した紅茶を飲みながらそれを読んでいた。

「ご、豪炎寺君…あの…」
「…………なんだ」

なんでそんなに不機嫌なんだよ。じろりと睨み付けている豪炎寺にたじろぎながら吹雪はとりあえず説明をした。

「……という訳なんだ。だから、別に僕が好き好んで着てる訳じゃ」
「そうか」
「うん」
「………」
「………」

え、それだけ?
二人の間に長い沈黙が流れた。豪炎寺は一回も吹雪の顔を見ることなく本を読み続けている。吹雪の経験上、これは…

「豪炎寺君…怒ってる?」
「………」
「ねぇ、なんで怒ってるの?」
「………」
「ねぇってばー」
「………」

完全に無視。本を読むことに集中しているのか、話しかける吹雪なんてそっちのけで本を読み進める。ぺらりと本を捲る音だけが二人の空間に響く。

「言ってくれなきゃわかんないよ」
「…………お前はメイド喫茶の店員なのか?」

やっと口を開いた豪炎寺の言葉に吹雪は怪訝そうな顔をした。何を言ってるんだこの人は。今までの人の説明を本当に聞いてたのか?

「あんなサービスするんなら、いっそ本物のメイドにでもなればいい。それとも、もう女として生きていくか?」
「なっ…!?」
「…はぁ、もういい」

席を立ち、会計を済ませて豪炎寺は1-Cから出て行ってしまった。吹雪は未だに豪炎寺の言葉に絶句したままだった。







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