寒い
頭から何か抜けた感覚…身体が重い
「アツヤ…」
「はぁ、はっ…」
学校を抜け出した後、俺は全速力で吹雪の家まで走った。早く、早く吹雪に会いたかった。なんとなく、嫌な予感がしたからだ。
「っ…出ない…」
呼吸を荒くしながら俺はそう吐き捨てた。インターフォンを押しても吹雪が出てこないのだ。何度も何度も押したが出てくる気配はなし。それ以前にこの家から人の気配が全くしない。
「吹雪っ…」
吹雪の家は一人暮らしにも関わらず、一軒家だ。借り家だそうだ。前にお邪魔したことがあったが中は殺風景、吹雪曰わく寝て起きて食べてということしかしないそうだ。…あんな広い家にぽつんと一人、吹雪は寂しくないのだろうか?
「こっちもダメか…」
手当たり次第に窓の鍵が開いてないか確かめるが、やはり開いてる訳がない。
「…二階か」
俺は覚悟を決めて二階に登ってみることにした。ここまできたらただの不審者みたいだが、そんなのどうでもよかった。
二階から繋がっているパイプをつたって登る。予想以上の腕の負担に耐えながら、俺はぎこちなくも二階まで登りきった。ベランダに降りて窓の鍵が開いていないか確認。本当に泥棒みたいだななんて思いながら苦笑した。取っ手に手をかけ、思いっきり開けた。
「開いた…吹雪!!」
開いた。俺は急いで靴を脱いで部屋の中へと入り、部屋全体を見渡した。ビンゴ。間違いなく吹雪の部屋だ。遊びに行った時、吹雪の部屋には入っていないがなんとなく、部屋に置いているものでわかった。
「…吹雪、」
床に放り出されている制服や寝間着を避けながら、俺は小さく人一人分盛り上がっているベッドの側へと行く。
「吹雪、起きてるか?」
「…………」
反応がない。
「おい、引きこもりになる気か」
「…………」
「布団剥がすぞ?」
「…………」
「はぁ……」
俺は薄い布団を掴み、吹雪から引き剥がした。少しは抵抗があると思ったが、するりと布団は捲れた。
「吹雪…?」
「ん…あれ?ご、…えんじ…くん?」
完全に意識は覚醒していないようで途切れ途切れに吹雪は言葉を発した。
少し安心した。死んではいないようだ。
「…?どうした?」
「……どうしよう、…豪炎寺君」
「?」
「アツヤが…アツヤがいないんだ…。どうしよう、何でいないの?どうして?僕、あいつに嫌われるようなことした?見捨てられるようなことした?ねぇ、豪炎寺君…教えてよ…ねぇ!!」
「っ…?!」
吹雪はいきなり狂ったようにアツヤを求めだした。勢いよく肩を掴まれバランスを崩し、俺は吹雪に押し倒される形となった。
「僕…アツヤがいなきゃダメなんだ…本当に一人になっちゃう…こんな怖くて広い世界で独りで生きていくなんてやだ!!」
「アツヤじゃないと…駄目なのか?」
吹雪の動きがぴたりと止まった。
「アツヤが消えたのは、これ以上お前が自分に依存しないように…一人でも歩いていけるように。そう願いながら消えたんじゃないのか?お前は…あいつの最後の望みを叶えてやらないのか?」
「僕は…アツヤにきらわれたの…?」
潤んだブルーグレイの瞳から一筋の涙が伝う。そして、小さな雫となって俺の顔へとはらはらと滴る。
「違う。大好きだからお前から離れたんだ。」
「大好きなのにどうして離れなくちゃいけないの?なんでいっしょにいちゃだめなの?」
「お前はちゃんと生きてるだろ?」
「アツヤは死んだの?」
「あぁ、死んだ。でも、たとえ会うことができなくてもお前がアツヤを覚えている限り、アイツはお前の中で生き続けるさ」
力一杯吹雪に抱き締められていたマフラーをそっと撫でた。それを見た吹雪はさらに力を込めて抱き締め、こう呟いた。
「おやすみ…アツヤ…」
「さっきの台詞…なんか漫画っぽいなぁ」
制服に着替えながら吹雪はぼやいた。背後でシュッとカッターシャツを着る音が聞こえる。
「俺は漫画なんて読んだことない。…もうそんな風なこと言えるってことは、吹っ切れたか?」
くるくると鍋の中の味噌汁をかき混ぜる。そろそろご飯も炊ける頃だろう。あと魚も焼きあがる頃だ。
「吹っ切れた…のかな?ただ混乱してただけだし…。よく考えればあんまり会話したことなかった」
「はぁ?なんだそれ」
「ただの心のより所だったんだよ。それでも、僕は救われてた」
僕は一人じゃないって
そう実感できてたから
「…そうか」
「でも、これからは君が一緒にいてくれるんでしょ?」
「あぁ、……え?!」
床にお玉を落としてしまった。ガチャンっと盛大な音が台所に響く。
「なんとなく、アツヤがそう言ってたような気がしたから…当たったみたいだね」
「アツヤの遺言か…?」
「そうかも」
久しぶりに見た。
心の底から綺麗に笑う吹雪の笑顔を…
「ご飯できた?」
「はいはい、できたできた。たらふく食え」
「えへへ、ありがとう!!」
テーブルに座って「いただきます」と言う吹雪から視線を逸らして窓の外を覗いてみた。
空はいつもよりも澄んでいて、きらきらと輝く太陽が眩しかった。形のはっきりした細長い入道雲がアツヤのマフラーみたいだなんて思った。