アポロ
かたり。
テーブルに置かれたカップの音に、私はテレビからアポロへと視線を移した。
彼はもう片方の手で自分のカップを持ち、対面の椅子に腰をおろした。ちらりと視線をテレビに向け、ニュースに興味がなかったのか、天気予報へとチャンネルを変える。
「しばらく、晴れが続くようですね」
「週末も晴れだねー。どこか出かける?」
「お前の好きなところでいいですよ」
「そう?じゃあ、コガネかな。買い物したい」
言うとアポロは僅かに顔を曇らせた。
「……晴れなのに室内ですか?」
「あ、そっか」
晴れだから、と提案したのは私だった。自分の言葉に苦笑いし、誤魔化すようにアポロが入れてくれたココアを飲み干す。
「どうせ室内なら映画にしませんか?それに買い物なら、コガネまで行かなくてもいいじゃありませんか」
「そうなんだけど。せっかくならいろいろ見たいじゃない」
「無駄に悩むだけですよ。結局、近場でも売ってるような、馴染みの店で買うのでしょう?」
「うっ」
まさに図星。また誤魔化すためにカップを持ち上げたが、そういえば、中身は空っぽだった
「見たい映画はありますか?」
「えーっと、あのホラーがいい!最近話題になってるし」
「寝れなくなりますよ」
「子ども扱いしないでよ。じゃあ、CMでやってた、ギャングの話はどう?」
「あれは駄作の雰囲気があるのですが……。監督が有名な映画にしませんか?」
「えー何かあったっけ?」
アポロが新聞の特集ページを開く様子を見ながら、本当は最初から、それが見たかったんじゃないかなと思った。
コガネに行きたいと言えば映画だと言い、ギャングモノが見たいと言えば別を指す。
彼は私に何でもいいと言いながら、それとなく誘導していくのが上手いのだ。
けどその中には、先ほどのホラー映画のように、私を思って誘導する所もある。
夜に、私がインスタントコーヒーを飲もうとすれば、よく眠れるようにココアを作ってくれたり。
毒タイプのポケモンが欲しいと言った時には、かわいいポケモンのほうが似合うと言って、私を毒のリスクから守ってくれたり。
そんな風に、頭ごなしに否定するのではなく、遠ざけようとする優しさが好きだった。そうやって私を守ってくれる彼が好きだった。
好きだった、本当に。
ある夜の話。
扉を開けた瞬間、中にいた彼に目を塞がれ、外へと連れ出された。
「……忘れてください。お願いですから」
都合の悪いこと、全部隠して。そうやってあなたなりに、今まで私を守ってくれてたんだって、わかってるよ。
わかるよ。わかるけれど。
「アポロ、どうして?」
まるで、彼を責めるかのような言葉しかでてこない。
背後から彼に塞がれた目から涙がこぼれそうになる。
もう見てしまった。知ってしまった。
うずくまる人。傷ついたポケモン。忠実な彼の部下。
目を覆う掌を押しのけて、腕の中から出た私は、正面からアポロを見た。
彼は見たこともない服を着て、見たこともないような辛い顔をしていた。
その表情に、私がどれだけ想われているかを知った。
けれど、彼が伸ばしかけた手を、いつものようにとることは出来なかった。
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