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サブマス



「困ります!あ、ちょっ、お客様!」
「!」

 駅員の声にノボリとクダリは入口に顔を向けた。それと同時にだん、と細い足が床を踏む。見覚えがあった。足じゃない、顔に。今し方ノボリ達に勝った二人組の一人だ。
 彼女はモンスターボールを手に持ち、バトルを促した。暴力的な振る舞いに唖然とするが、その紅白に自分の領分を思いだす。ノボリは首を振った。ルールはルールだ。

「いけません。私共と戦いたければ乗車し直して頂かないと」
「いーじゃん。面倒くさいことはすっ飛ばしちゃおうよ。私がまた来るってわかってるでしょ?」

 傲慢な物言いにむっとするが、事実。彼女の実力は見たばかり。またここに辿り着くだろうとは思った。それがこんな形になるとは思わなかった。

「ご乗車ありがとうございまーす!」
「! クダリ」
「いいでしょ?ダメでもこの子を追い出すには力ずくしかなさそうだし」

 無邪気に笑うノボリの片割れ。色素の薄い眼が爛々と輝き、その眼を見ていると鏡を見ている気分になった。映る、映る。
 感情も移る――

「覚悟してくださいまし」

 なんて、ひどい言い訳だ。触発されたのはクダリにではなく彼女に。本能的に突き動かされ、ノボリは自分の意思でボールを掴む。ルールがないというのなら、ノボリだって抑える必要がない。
 ゆるりと口元がつり上がる。3つ。走り出した電車に吊革がゆらりと揺れた。




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