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幽玄の幸福


 それはそれは、あたたかな春だった。
 彼女とアポロの他には誰もいない。けれど日差しを受けて広がる緑、くるりと滑る花弁が静寂を感じさせない。視界からくる賑やかさは共感覚というのだろうか。だからこうも心までもが穏やかになれるのだろうか。

 さようなら。

 有限の幸せに思わず唇が動いたが、満開の桜を目に焼き付けようとするシアンは幸いにも気づかなかった。苦笑し、アポロは散る花びらを目で追う。「さようなら」と声に出して伝えたあの日を繰り返すつもりはない。
 春風に揺れる髪に指を通すと振り向いたシアンが笑みを見せた。彼女が笑っている。アポロも微笑み返す。返すことができる。

 おわりは遠くない。知っている。その時を築いたのは自分だ。
 あの放送で来るのはサカキ様か、あるいは正義を振りかざす者か。どちらにしても彼女とこうして並ぶ時間は失われる。
 髪を梳かすように撫でた手を彼女のものと重ね、ゆっくりと握りしめた。

 今ある想いは全部貴女に捧げたい。2人の未来は来ないのだから、ここで全て与えつくしたって構わない。

 花びらがふわりと横切った。もう何枚散っただろう。
 それでも見上げたこの桜は、花を失ったようには見えなかった。





(イメージソング…春のまぼろし/Superfly)



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