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兎穴の世界


 茶色い体に黄色の綿毛。折れ曲がった方耳を揺らしながら逃走するミミロルを追い、私は木の根っこを飛び越え走る。
 兎を追うなんて、かの有名な物語の主人公みたいだ。私が追っている兎はベストを着ていないし喋りもしないけれど。
 じゃあ何故追いかけているのか。理由は簡単。私を見て逃げたからだ。逃げられたら追いかけたくなるよ当然、ねえ?

「止、ま、れ、ミミロル!」

 そして追いかけられると逃げたくなるのまた必然。止まれと言っても止まるはずがなく、むしろ加速している気がした。
 不毛だ。けれど諦めるのは負けのようで癪。ここまで来たら捕まえてやろうと、倒木に飛び乗った。

 ばきっ

「あ」

 体重をかけた瞬間その倒木に足が埋まった。腐って中は空洞だったらしい。浮遊感に顔が引きつり、冷や汗が噴き出す。転けるいや落ちる。
 反射で手を前につき出すが、倒れた方は崖のような土手で意味がない。ぎゅっと目を瞑ると手の平、肩、頭を強烈な痛みが襲った。ああまずい何も見えない。






 単調なリズムに揺られてぼんやりと目を開けた。揺れに合わせてじん、じん、じんと体が痛む軋む。
 頬をくすぐる赤い髪の感覚までわかるようになると私は急激に現状を理解した。
 お、おんぶされてる…っ!
 しかもこの髪には見覚えがあった。赤の他人じゃないだけマシだけど、そんなそんなそんな。

「起きたのか?」
「!」

 耳元といってもいいような距離で囁かれびくりと指を折り曲げる。寝たふりでなかった事にしようと、何より自分を誤魔化そうとした目論見は早くも頓挫した。
 ぎこちなく顔を上げパニクった頭でとりあえずの苦笑いを浮かべる。ミミロルを追っかけて転んで気絶なんて醜態、この口のよろしくないシルバーに何て言われることだろう。入る穴を掘りたい。

「いやあのごめん歩く歩きます、止まって降ろして」

 とにかく降ろしてもらおうと肩を押した。しかしシルバーは止まってくれなかった。何でだ。根はいい彼がここまで運んでくれたのは納得できるとしても、気がついたとわかればぺいっと捨てるのが彼らしい。これが新しい嫌がらせだというなら効果抜群だ。おもしろくない。
 肩に置いていた手を離し、シルバーの首に回してつまりは抱きついた。びくりと反応する彼らしい反応に笑みを浮かべる。さあこれでどうだ?

「…………」
「…………」
「……………、家」
「?」
「着くまでじっとしてろ」
「………!」

 危うく離れるとこだった。なんだこのシルバーは。おかしい何か間違ってる徹底的に。頭でも打ったんじゃないだろうか、いやそれは私か。
 ということはこれは未だ気絶している私が見る夢なんだと思いたいが、頬をつねるまでもなくあちこち痛い。鼓動も熱もなにもかもがリアルでダイレクトに伝わってくる。現実だ。

 ぴったりくっついたままで打開策を練っているうちに私の家に着いてしまった。
 玄関口でやっと地に足がつくも、まだ背負われているような感覚は消えない。足元がゆらゆらしている。目ざとく大丈夫かと聞くシルバーにはこくりと頷いた。

 結局シルバーは最後まで皮肉一つ言わなかった。やっぱり夢みたいだ。
 あれが本気で心配してくれたシルバーの姿なのだろか?嬉しいとか感じるより戸惑うだけで、そういえばろくなお礼も言えてない。
 明日シルバーに会いに行こう。私はそうして目を閉じた。








「木が腐ってたぁ?お前の体重のせいだろ。クロバットも大変だっただろうな」
「………………」

 翌日。事情を説明した私はシルバーの言葉にぽかんとした。
 おかしくない。これが普通だ。ただ何故か昨日の事はクロバットに私を乗せた事になっていた。

「いやシルバーだったよね?」
「は? んなわけないだろ。なんで俺がわざわざお前を背負わなきゃいけねぇんだよ。もっとまともな夢見ろ」
「夢って…っ」

 そんなはずない。覚えている。けどこう否定されると昨日のらしくない言動に辻褄があい、夢だったような気がしてくる。それは嫌だ。夢だったことに、なかったことにはしたくない。
 何かないか?あれは現実だったと確信できる証拠が何か、何か。

「あ」

 私は手を伸ばした。そこにある答え、証明。なんだ簡単じゃないか。
 昨日と同じようにシルバーの首に、腕を回して抱きついた。

「なっ!?」
「うん、やっぱり同じ」

 はねる肩、この感触、匂い。夢で知識を得ることはない。知っているというのなら間違いなく現実だ。

「なんと言おうともう騙されないよ。なんで嘘つくの?もしかして照れ、」
「っの、離れろ!寄るな!」
「!」

 力いっぱい突き飛ばされてよろける。倒れそうになると慌てたように腕を掴まれた。

「………」

 それから苦々しげな表情で手を離す。その前に、もう一度この手を引き寄せてみてもいいだろうか。



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