背信行為 | ナノ
描いた未来に立たない愚者



「お嬢さん、バトルはいかがですかな」
「はあ」


『暇を持て余している』
 そう入口近くの船員に言われた通り、廊下を歩いていると何度かバトルを申し込まれた。
 これで4人目。もう断ろうかと曖昧な返事を返したたけど、相手の身なりをみて考え直す。

「いいですよ。やりましょう」

 了承すると彼は柔らかな笑みを浮かべた。
 相手はジェントルマン。もちろん、賞金がたくさん貰えそうっていう金目当ての打算だ。







 バトルの後、彼とそのポケモンに適当に労わる言葉を掛け、賞金を受け取る。
 繰り返す行動はパターン化し、マニュアルのように演技くさい。そう思うのは私だけなのだろうか?相手は何も不快に思っていないように振る舞う。

 作り笑いでジェントルマンを見送ったあとケーシィを戻そうとボールを手にとった。そこでやっとケーシィの異変に気づいた。

「!」

 ぼうっと淡く、だんだんと光が強くなる。何度か見たことのある兆しに私は目を瞠った。
 もう進化するのか。ここだけじゃなく野生のポケモンとも戦っていたけど、思ったより早い。
 借り物のポケモンを勝手に進化させてよかったかなぁ。まあ怒られはしないと思うけど。


 進化が終わるとユンゲラーは瞬きをし、手に持ったスプーンに自分を映した。変わった自分の姿が気になるらしい。小さな鏡を覗き込んで首をかしげるユンゲラーに私はため息をついた。

「それじゃ見えないでしょ」
「?」

 もう抱きかかえることは出来なので手招き。確かこっちに丁度いい置物があったはず。
 高級感を演出する置物、その磨きあげられた土台をユンゲラーに示した。鏡みたいに綺麗には映らないけど狭くて像が歪むスプーンよりまだいぶましだ。



 興味深々に土台と置物を見るユンゲラーを眺めていると、向こうから人が歩いてきたのが見えた。彼はユンゲラーを見、目を見開く。ちょっと驚かせてしまったらしい。襲いはしないからね、今はまだ。

「それ…あんたのポケモンか?」

 聞かれ、頷く。そろそろ戻そうとボールを出すと、彼は手をのばして私を制した。

「待った。ちょっと見せてくれよ。ユンゲラーなんて珍しいじゃないか」
「そうかな? 確かにケーシィは捕まえにくいけど」
「ああ、それにユンゲラーの野生は見たことない」

 そういえば私も見たことない。いないのかな?
 彼はユンゲラーをまじまじと、喉から手が〜という表現がぴったりの様子で見ている。

 それを見て、私は一度やってみたかったことを口にした。

「おにいさん、交換しない?」
「え?」
「私、可愛いポケモンが欲しいんだ。持ってるなら交換しようよ」
「………ほんとか?」
「うん。私が欲しいのがいたらだよ?」

 ぽかんとしていた彼は徐々に表情を明るくし、「待ってろ」と持っていたボールを全部出した。
 ヤドン、ゴース、ラッタ、ダグトリオ……。

「あ、ロコンはどうだ?」
「ロコン?」

 投げたモンスターボールからロコンが飛び出す。ロコンは身構えて辺りを窺い、戦闘じゃないとわかると不思議そうに主人を見上げた。
 ロコンねえ…。持ってないけど、たしかアジトの近くの草むらにいた。交換してまで欲しいって程じゃないな。
 そう思った不満が顔に出たらしい。彼は弁解するように手を振った。

「相当育てた。珍しくはないが強い。保障する!」
「まあ、…そこまで言うなら」
「! ありがとう!」

 手放しで喜ぶ彼から視線を外し、ユンゲラーに移す。
 ユンゲラーは話を聞いていたかのようにじっと見つめ返してきた。エスパータイプは私の思考も読み取れるんだったけ?
 
「そういうことだから、よろしく」
「……」

 鳴かないし、表情も変わらない。何考えてるかわからないユンゲラーを問答無用でボールに戻した。
 相手もロコンを戻し、私に差しだす。それを受け取り、ユンゲラーのボールを渡した。

「よっし、ありがとな嬢ちゃん」
「いいえー。こちらこそ」

 大事にする。そう言うと彼は嬉しそうに笑って私が渡したボールを掲げた。







 さて、そろそろ時間かな?
 腕時計を確認すると乗船してから25分が過ぎていた。予定まではあと5分、戻るにはいい時間だ。

 厨房とか船長室には行けなかったけど、そこまでは踏み込みすぎな気もするし構わないだろう。
 任務終了。タマムシまで帰るとしますか。

 その場で折り返し、もと来た道を戻る。
 誰にも遭遇しなければいいなぁ、なんてつらつらと考えながら角を曲がった。



「…私は国際警察の者だ」
「っ!?」


 考えてた矢先、聞こえた声に私はびしりと足を止めた。
 いや、落ち着け。私に言ったわけではない。そういう話し声が聞こえただけだ。

 何も悪いことしてなくても警察がいれば緊張するとはよく言うが、実際悪いことしてると心臓に悪い。しかも警察を名乗る男はロケット団の名前も口にした。さらに心拍数上昇。
 隙を見て通り過ぎようとそっと警察のほうを窺う。早鐘をうつ鼓動に眉をひそめた。自分が小心者だったつもりはないんだけ、ど。


 ………え?


 空白。
 その目でみた光景に、私の思考は完全に停止した。

 さっきまでの緊張もすうっと溶けていく。融けていく。
 何もなくなった感情に、少年の姿だけが刻まれた。


(レッド)


 声には出さず呟く。

 どうして? どうして彼がいるの?




 立ちつくしていた私は、誰もいなくなった後の廊下をつきすすみ入口まで向かった。

 壁に背中を押しつけ、すがるように胸のあたりの服を軽く掴む。
 心臓じゃない心じゃない。すがったのはRの文字。今は着ていない団服の。


 うつむいていた視界のさきに、影が差した。
 人ではない独特の形に私は笑う。


      .....
「おかえり。ユンゲラー」



 右手は服から離れず、空いた手で頭を撫でた。


 愚か。なんて中途半端なんだろう私は。
 レッドと向き合う事すらできない。平静を保つことも、敵対心を持つこともできなかった。
 昔の事を引きずったままでは何より自分を傷つける。こんな風に。それが嫌だったから切り捨てたのに。



 ――シグマ、

 2人の少年の声なんて忘れてしまえたら楽なのに。


 ――3人で…そ…だ


 何も知らなかった頃の絵空事を、いつまでも描いていてどうする。

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