それはそれは、些細なことで
*
そいつは何も言わなかった。でも気持ちは充分過ぎるほど理解できた。
彼女と別れるあの時、追いかけようと踏んだ足は自ら止めた。それをこいつはずっと後悔していたのだろう。
ずっと一緒にいたいなんて願いは叶わないかもしれない。
でも。会いたいと思うことくらい、望んだっていいよな。なあ、シアン。
ゴルバットを再び出し、ラジオ塔へ向かえと指示を出す。
二転三転する指示なのに今度はゴルバットは怪訝な顔をしなかった。真っ直ぐ伸びたツバサが空を切る。
適当なフロアに降り立ち、手分けして彼女を探す。
その直後だった。
馬鹿な真似をと、罵倒するつもりで掴んだ肩が思ったよりも薄くて驚いた。自分を見上げる大きな瞳と床にへたり込んだ彼女の姿にやりきれない恐怖がシルバーを襲う。死んでいたかもしれない。
そうなってやっと自分の気持ちを認めるなんて馬鹿なんだろう。
出来すぎた話だと自分でも思う。でも嘘じゃないし間違いじゃない。今好きになったんじゃないのだから。ずっと前からシアンのことが好きだった。
危うく取り返しのつかない事になるところだった。この薄っぺらくて狭い肩。抱きしめることはできず、まるでしがみつくようにしかできない。
こつん、と自分の肩に乗せたシアンにじわりと何かが溶けていく。
失うかもしれなかった恐怖、みっともない姿を見せまいとした意地。そんなものがなくなって、残った想いで確信する。何度でも。
*
ウツドンの懐きっぷりは異常だった。シルバーではなく、私に。
ちょっと動いただけでもついてくる後ろのウツドンを振り返る。おーい、知らない人についていっちゃいけませ……
ん?
ウツドン。ウツドンって、あれ、まさか。
「あの時の、マダツボミ?」
つぶやいた瞬間、ウツドンは全身で肯定のリアクションをとる。あんぐりと私は思わず口を開いた。こいつ、キキョウまで一緒に旅をしていたマダツボミが進化したウツドンだ。
あーどうりでやたら絡んでくると思ったらそういうわけか!
「早く言ってよシルバー。でもなんで連れてるの?長老さんから貰ったわけじゃないでしょ?」
「貰ってない。偶々見つけて、ロケット団を倒すのに使えそうだったから連れてきた」
「ふうん?」
こいつが。口にするとウツドンがショックを受けそうなので黙って足下にいるウツドンを見る。ぼーっとした顔は戦力になるとは思いがたい。まだ進化しきってないし。
まあいいや。シルバーの言った“ロケット団”に目的を思い出した。取り戻しに行かなきゃ。
まずガーディに手当てをしようとリュックを下ろそうとして、はたと気付く。しまった、こっちも盗られたままだった。
「何固まってんだよ」
「うん…シルバー、薬とか持ってる?」
「ああ。……あ?なんだよ、このボール」
「ガーディに手当てしといてお願い!」
「はあ!?」
ぱしんっと両手を合わせて返事も待たずUターン。後ろから引きとめる声が聞こえるけど無視無視。
この後私がいなくなった後でガーディに手当てをするんだと思うと凄く見たい…!出て行ったふりをして壁から覗きたいくらいだけど今回はまじで時間がない。笑いなし涙なし。
「おい、待てよ!」
「!」
ぱしん。
なんて音で表現したらまるで平手をくらったみたいだ。けどそれくらいの衝撃だった。
あのシルバーが。私の手をとって引き寄せたのだ。
「…………」
「…………」
けどやっぱり恥ずかしくなったのか、引いていた手を下に降ろす。でも離しはしなかった。
「えっと、何?」
「………何じゃないだろ」
なんで一人で行こうとするんだこいつは。そんなことを呟いてシルバーは私を追い抜く。それにチョウジのアジトでの姿が被るけど、今回は違った。
「行くぞ」
振り返った彼に目を丸くする。ねえ、一体どうしたの。
「……勘違いするな、お前をほっとくと何しでかすかわからないからな」
「勘違いってどんな?」
「っ、うるさい!」
背中を向けて早足で進む。
手をつないだ私も、一緒に。
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